東:こんにちは、ナビゲーターの東忠男です。
森辺:こんにちは、森辺一樹です。
東:森辺さん、前回のスパイダー・エージェントで、グローバル・マーケティング講座というのを展開していくっていうことをおっしゃっていたんですけども、そもそもマーケティングって日本企業から見た場合にBtoCがやるものだ、もしくはプロモーションみたいなとらえ方を今されていると思うんですが、そのへんについてどうお考えになりますか?
森辺:このマーケティングという言葉は非常にやっかいな言葉でございましてですね、世の中にマーケティングに関して書かれた本ってたくさんあると思うんですけどね。日本語訳すら僕はなんかビシッとしたものがない言葉だなあというふうに感じていて、営業戦略、マーケティング戦略っていうと営業戦略なのか、販売戦略なのか、これもちょっと違うし、マーケティングってすごく我々日本人にとっては得体の知れないもの、そんなイメージがあると思うんですけど、非常に実はシンプルで、コトラーはこのマーケティングをですね、ニーズに応えて利益を上げることだというふうに言っているんですね。
東:ニーズに応えて利益を上げることが、イコール、マーケティングであると?
森辺:はい。これっていわゆるビジネスそのものじゃないですか。で、マーケティングって単純にビジネスそのものなので、そんなに難しいことを考える必要はなくて、いかにしてニーズに応えて利益を上げること。私が言っているグローバル・マーケティングも世界のニーズに応えて利益を上げると、単純にそれだけの定義しか持っていませんので、非常にシンプルに考えていただければなというふうに思います。
東:なるほど。利益を上げるとなると、実際に売り上げを上げないと利益が出てこないと思うんですけど、じゃあ売り上げを上げるっていうところもマーケティングの役割だと考えてよろしいんでしょうかね?
森辺:そうですね。基本的にビジネス行為、ものを作って最終エンドに売るというこの一連をマーケティングというふうに僕は考えているので、必ずしも売ることだけじゃないし、つくることが入らなくもないし、この一連の全部の作業をマーケティングというふうにとらえてもらえればなというふうに思います。
東:今、物をつくるところからとおっしゃったんですが、マーケティングというとやっぱり売るっていうところとか、そっちの概念が強かったりすると思うんですけど、ものを作るところからマーケティングというのは具体的にどういうことなんでしょうか?
森辺:これはですね、日本国内にいると多くの人は日本人のニーズって分かっているんですよね、なんとなく。当然、消費者調査なんかを消費財メーカーさんはやりますけど、変わりゆく若者のトレンドを追いかけてそのニーズに商品をさしていくと、そういうことをやりますが、基本的に同じ日本人ですし日本に住んでいますから、ニーズっていうのは分かっているんですよね。で、ただ一方でアジア新興国に行くときにですね、何となくこんなニーズでっていうのが全く想定外、っていうことがすごく多く存在するので、だから日本でビジネスをする以上に、この商品の開発する、作っていくというところからグローバル・マーケティングの概念を持たないと、俗に言うプロダクトアウトっていう言葉があると思うんですけどね、うちの商品はこれです、うちの強みはこれです、と。これを売る。単純に商品ありきの商売の仕方なんですけど、これが全くアジアで通用してないっていうことは今、証明されているわけですから、必ずしも売る側だけじゃなくて、作る側も一緒になってグローバル・マーケティングを考えると、そんな世界が必要だと私は思っています。
東:あるほど。プロダクトアウトという言葉が出てきたんですけど、もう少し分かりやすく、詳しく説明してもらってもよろしいですか?
森辺:プロダクトアウトというのはですね、製造業であれば製造業が、自分たちの商品ありきで全てを考えていく。ですから例えば、携帯電話を作っている会社であれば、自分たちの携帯電話はこういうものと。これを単純に市場に売っていく。まあ言ったら、メーカーが作れるものを市場に押し付けるっていう、そういう発想ですよね。で、一方でサムスンだったりLGなんかがアジア新興国で展開している方法というのが、マーケットインという逆の発想で、マーケット、市場が何を求めているかを吸い上げて、それに応じて商品を開発して、でそれをマーケットに出していくという、そういう全く逆の発想がマーケットインなんですね。
東:なるほど。ただその、プロダクトアウトを今やっている日本でも、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれていた時代があると思うんですが、プロダクトアウトっていうのが悪いものなんですかね?
森辺:決して悪いものだとは思わないんですね。どんだけマーケットインをしてもですね、プロダクトアウトの要素が必要になるというか、致し方ないっていうところはたくさん出てくると思うんですけど、要は時代が大きくパラダイムシフトしましたよ、時代が大きく変わりましたよということを今考えなきゃいけなくて。
東:なるほど、今パラダイムシフトっていう言葉が出てきましたけど、そのパラダイムシフトっていうのは具体的にどういうことでしょうか?
森辺:パラダイムシフトとはですね、今まである一定の価値観であった世界がですね、突然その価値観が変わってしまうっていう、そういう世界なんですけどね。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」って今言っていましたけども、その「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代というのは多くのものが日本企業しか作れなかった時代ですよね。テレビも自動車も、欧米企業か日本企業と、そういう時代で、もともとは自動車だってテレビだってラジオだって洗濯機だって欧米から入ってきているもので、それを日本の技術力が追い抜いて、家電業界なんていうのはそもそも今、日本の家電メーカーさんがアメリカから奪い取ってったっていう、そういう市場だと思うんですけども、当時はやっぱり日本企業しか作れなかったものが非常にあったんですよね。私もよく覚えていますけど、1980年代にアジアにいるとですね、非常に日本人としての誇らしさっていうのがあって、世の中日本製だらけだったんですよね。ただ、それが今パラダイムシフトが起きたっていうのはどういうことかっていうと、韓国の企業でも中国の企業でも台湾の企業でも日本企業が作れるものを作れちゃう。そういう時代が来ちゃっているわけですよね。つまり多くのものがコモディティ化してしまったと。そんな時代が今なので、だからこそ技術力だけじゃなくてマーケティング力を持つ必要があるというふうに私は考えています。
東:なるほど、もう一つ新しい、「第2回 マーケティングへの誤解を解く事が、アジアで売るための第一歩」、コモディティ化という単語が出てきたんですけど、コモディティ化というのは具体的にどういったことなんですかね?
森辺:コモディティ化というのはですね、シンプルにいきましょう。シンプルに考えると、誰でもつくれる時代が来ちゃったよっていうふうにとらえていただいたらいいと思うんですよね。例えば、テレビなんていうのは、昔はソニーのトリニトロンがナンバーワンで、東芝やシャープや何やと、もう日本企業しかテレビっていうのはつくれなかったわけですよね。アメリカのテレビメーカーはもう、テレビの生産、完全に日本に白旗を上げて作っていませんでしたから、世界中のテレビっていうのはメイド・イン・ジャパンだったわけですよね。けど今、周りを見渡すと、世界を見渡すと、アジア新興国中では日本のテレビよりもサムスンのテレビの方が売れていると。日本の量販店ですら、サムスン・LGのテレビが並んでいるし、これがアジアの量販店にいけばですね、量販店の敷地面積の半分がサムスンとLGの商品で占めていて、残りの半分を日本の5社が占めているという、そういう恐ろしい光景が広がっておりまして、これがいわゆるコモディティ化したことで起きてしまった世界という、そんなふうに理解してもらえれば分かりやすいかなと思います。
東:時代が変わって誰でも作れる時代になってしまったと。
森辺:ええ。
東:だから、プロダクトアウトではなくてマーケットインの発想が必要なんではないかというのが森辺さんの主張でしょうか?
森辺:その通りです。
東:そのマーケットインっていうのは、韓国企業が今やっているということをおっしゃったんですけど、日本企業ができてない、もしくは不足している理由っていうのは具体的にどういったところにあると思いますかね?
森辺:これは大変広い問題なので、一言でなかなか解決する話でもないんですね。これは組織構造であったり、指揮命令系統であったり、いろいろな要因が原因でそうなっていくので、なかなかこの番組の中で全てを語るっていうことはできないんですが、1つ確実に言えることはですね、既にアジアでは日本の家電でいえば家電の業界のメーカーさんよりも、サムスン・LGの存在感であったり、シェアのほうが圧倒的に大きいと。その要因が彼らのマーケットインを徹底するやり方にあるということはもう変わらない事実だと思うので、今後ですね、講座の中ではこういう事例から見る韓国サムスン、LGのマーケットインのやり方、組織命令系統のやり方、こんなものは紹介をしていこうと思っておりますが、非常に日本企業は今、苦しい状況にあるというふうに思いますね。
東:なるほど。そのマーケットインっていうのもやはりマーケティングの発想だということなんですかね?
森辺:うん、そうですよね。基本的にその市場が何を欲しているか。その欲しているものを作ってその市場に投入するということがマーケットインなので、日本企業の場合は本当に恐ろしいんですけど、大手のメーカーさんであってもですね、「森辺さん、これ売れるところないですかね?」と。「これ売ることが私のミッションなんですよ」と。そんなふうな相談を持ちかけてくる大手の企業さんってたくさんいますので。プロダクトアウトがダメだ、マーケットインじゃなきゃダメなんだっていうのは彼らも分かっているんですよね。分かっていてもそういう発想になっているっていう企業が非常に多いのが現実じゃないかなというふうに思います。
東:そうすると、まずは日本企業としてマーケティングの概念だったり、グローバル・マーケティングっていうものを理解することがアジアなり、世界で戦う第一歩だととらえてほしいみたいなメッセージにも聞こえるんですけど、それはどうでしょうか?
森辺:そのとおりだと思います。僕はすごく思うんですけど、日本の企業っていうのは本当に中小企業から大企業までものすごくいいものをたくさん持っていて、これだけ物にあふれている国って世界中どこ見たってないんですよね。で、私たちが便利に思うものとか、私たちが素晴らしいと思うものをいかに世界に浸透させていくかって、これもうマーケティングそのものであって、日本は20年間成長していない、景気が悪い、これからどんどん少子高齢化だなんていうふうに言われていますけど、これだけ素晴らしいものを作れる国なんて他にないんですから、グローバル・マーケティングのノウハウをしっかり理解をすれば、中小企業であっても大企業であってもこれからまだまだアジア新興国でマーケットシェアを取ってですね、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と再び呼ばれる時代を作るっていうことはそんなに難しいことじゃないというふうに私は思っています。
東:ものづくり大国である日本っていうのは、やはり製造業が多いと思うんですけど、私自身も製造業にいて分かるんですけど、マーケティング部すらないとか、営業で十分でマーケティングなんかいらないみたいな発想を持つBtoBの企業っていうのは非常に多いと思うんですけど、そのへんはどうなんですかね?
森辺:すごく危険なことなんですけどもね。結局、日本って大企業・中堅企業・中小企業というふうに一連の構造があって、特に日本の中堅・中小企業は、いいものさえ作っていれば仕事は上から落ちてくるものだとそんなふうに思っているわけですよね。私もその中小企業、中堅企業の社長さんとお話したときにですね、営業とかマーケティングみたいな恥ずかしいことをするなって言われる、そんな経営者の方もまだまだ多い。で、これは日本の大手企業が海外で勝っていればいいんですよね、そのままできっと。だって大手が海外で勝って、そこから仕事をもらってって、そういう構造になってくるでしょうから。ただ、残念ながら多くの業界で日本の大手の消費材メーカーなんかは、なかなかアジアのマーケットをうまく取れていないと。取れていないからそこから仕事が本当に落ちてくるかというと必ずしもそうではないし、アジア新興国の消費者は例えばシャープのテレビではなくてサムスンのテレビを選んでいると。ソニーのウォークマンではなくてアップルのiPodを選んでいると、そういう現実が今実際に起きていますから、本当に日本企業だけに頼った生産をしていて、次の10年、20年生き残れるのかっていうと、それは非常に疑問が残ると思いますね。
東:なるほど。そうすると、まずマーケティングへの誤解を解くということから始めるということですかね?
森辺:そうですね。今回私が最も申し上げたかったのは、マーケティングが何なのかっていう、今まで皆さんが思っている、大手がやるもの、消費財メーカーがやるもの、そうではなくて、単純にニーズに応えて利益を上げること、これこそがマーケティングですので、この誤解を解きたくて、今回こんなお話をしています。
東:なるほど。そうすると、グローバル・マーケティングっていうのは、もう一度お話をしていただくと、どういった定義になるんでしょうか?
森辺:グローバル・マーケティングというのは、世界のニーズに応えて利益を上げるということでございますので、日本国内であればマーケティングでいいでしょうけど、これからは世界のニーズに応えていかにして大企業から中小企業までが利益を上げていかないといけないのかって、そこをしっかり考えていってほしいなというふうに思います。
東:では、日本企業はまず、マーケティングの誤解を解いて、グローバル・マーケティングを身に付けようとすることが、アジアで勝つ第一歩だと考えてよろしいんですかね?
森辺:はい、そのとおりだと思います。いいものをつくれる企業はたくさんいますので、グローバル・マーケティングのノウハウさえ備えれば、日本企業は再びジャパン・アズ・ナンバーワンというふうに呼ばれる世界をつくれると、そう信じています。
東:分かりました。ありがとうございました。今回はグローバル・マーケティングについてのお話をいただきました。森辺さん、非常に分かりやすいお話をありがとうございました。
森辺:ありがとうございました。