コラム・対談 Columns
本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。
Vol. 78 ディストリビューターの管理育成はシンプルに
著者:森辺 一樹
現地について学び、任せるふりをして管理する
これまでの解説で、売ることのすべてをディストリビューターに任せるのではなく、売るための戦略そのものはメーカー側がしっかりと組み立て、その実行をディストリビューターに任せるべきなのだということがご理解いただけたと思います。本来、メーカーは、ディストリビューターを管理育成しなければならない存在なのです。もちろん、管理育成の度合いはメーカーの経験値によって様々ですが、少なくとも積極的にマーケティング活動に参加しなければなりません。しかし、現地の市場をまったく知らなければ、マーケティング活動に積極的に関わるといってもなかなか役に立たないですし、結局、ディストリビューターの言いなりになってしまいます。この問題の怖さは2つ存在します。
まず1つ目は、最初はなんとなくいい感じで始まったディストリビューターとの関係が、数年経つと、結局、メーカーはマーケティング活動にはなんの協力もしてくれないという閉塞感に陥り、売上が伸び悩む、もしくは減少していくパターンです。
そして2つ目は、メーカーはどうせマーケティング活動に参加しないのだから、ディストリビューターの利益だけを考えて、やりたいようにやるようになるパターンです。
つまり、メーカーとしてはどんどん売上を伸ばしていきたいが、時としてディストリビューターは、最小限の労力で売れる範囲に売上を留めておくほうが、自分たちの利益率や利益額が良くなるケースがあるのです。従って、それ以上売上を伸ばすための投資をしなくなります。または、日本企業の商品を取り扱っているということだけでブランドになるので、適当に取り扱いをし、実利は自分たちの別の商品で得るなどというパターンも少なくありません。
このような状況に陥ると、いざメーカー側が色々と施策を行って売上を伸ばそうと協力を呼びかけても、「現地のことは我々がよくわかっているから、わかっていない日本側が口を出すな」とか、どんなロジカルな施策の説明をしても、「それはもう試した。それをやっても意味はない」などと、ああ言えばこう言うで、まったくもって動かない状態になります。
そして、メーカーが本来、最も必要とする顧客の情報が上がってこない状況になり、パワーバランスが完全に崩れ、何を言っても動かない状態に陥ります。こうなると、ディストリビューターを再起動するには時間がかかります。だからこそ、最初からマーケティング活動に参加する必要があるのです。
そしてそのマーケティング活動に参加するためには、現地のことを知らなければなりません。現地の市場環境や競争環境を知らなければ積極的にマーケティング活動に参加することはできないのです。従って、中小企業こそ現地に精通した専門会社を活用し、瞬時にノウハウを手に入れ、ディストリビューターの管理育成を実施していくべきなのです。
管理指標は可能な限りシンプルに
管理指標に関して話をしたいと思います。何度も例に出しているFMCGメーカーの場合、売上を構成しているのは、「ストア・カバレッッジ」と「インストア・マーケットシェア」です。中小企業がいくつもの管理指標をエ クセルでまとめ、ディストリビューターにこれを毎月埋めなさいと言っても嫌がられるだけです。埋めさせた管理指標を分析し、しっかりフィードバックできるのであればまだしも、多くの場合、ただ埋めさせて、それを見てうなずくだけです。
であれば最初から、ターゲットに設定した小売に配荷したのか否か?どのくらいのSKU(最小管理単位)で、どの棚に陳列したのか?これだけをストア・カバレッジとして追い、また置かれた商品がどれぐらい売れているのかをインストア・マーケットシェアとして追う。これだけで十分です。
重要なのは、順調にストア・カバレッジやインストア・マーケットシェアが伸びなかった時に、どのような対策を講じられるかです。ディストリビューターのプロセスのどこに問題があるのか、またメーカーとしてどのような協力ができるのか。特に、インストア・マーケットシェアはメーカーの最低限の仕事です。プロモーションもせずに売ってくださいというのは酷な話です。
棚に置くことはディストリビューターの責任ですが、消費者が棚から選ぶことはメーカーの責任です。ストア・カバレッジとインストア・マーケットシェアの2軸の数値の変化と、それが伸び悩んだ際の対策だけが管理手法としてあれば十分です。
達成インセンティブは露骨なくらいに
最後に、達成インセンティブ(報奨金)についてです。アジア新興国のディストリビューターを動かす際に、達成インセンティブの制度は非常に有効に働きます。どのようなインセンティブをつけるかは、ディストリビューターとの基本契約の内容とのバランスにもよりますが、大きく2つのレイヤーの人た ちにインセンティブを出すのが有効です。
1つは、会社に、つまりはオーナー社長に対するインセンティブです。そして、もう1つは、現場のセールスチームに対するインセンティブです。
前者のオーナー社長へのインセンティブは、ディストリビューターの利益に直接的に影響するマージンです。例えば、次年度の前半・後半それぞれ最初の発注に関して通常以上の割引を「商品で」するなどです。そうすると、次年度の前半後半それぞれで確実に相当量の注文を確保できる上に、割引は商品で行うので、メーカーの実際の持ち出しはそれほど大きくはならないのです。こういった手法を巧みに組み合わせ、他社商品よりも自社の商品に力を入れたくなる気持ちを引き出すことが重要です。
後者のセールスチームへのインセンティブは、社員旅行、もしくは高級ディナーに招待するのが一番効果的です。日本だと、社員旅行は流行らないし、上司とのディナーも嫌がられるご時世なのかもしれませんが、アジア新興国、とりわけディストリビューターという業種ではまだまだ社員のモチベーションやロイヤリティ維持のためには有効です。社員旅行であれば日本に工場見学がてら来るのでもよいし、他のアジア に行くのでもよいし、費用との兼ね合いでなんでもよいと思います。
この招待旅行には、必ず日本企業のメンバーも参加し、旅行の間に様々な自主 イベント(一緒に行うアクティビティ)を入れ、普段、日本にいてはなかなか本音で語らない、また通わない気持ちをしっかりと通わせることのできる大変に有効な機会なのです。高級ディナーに招待して表彰するのであれば、その国で実施します。日本企業のメンバーの参加がかなわなければ、彼ら彼女らだけで開催してもよいです。そして、その様子を写した写真や動画を今回は表彰されなかっ た他の社員も含め、後日、ニュースレターとして共有することが重要です。表彰されなかった社員も、来年こそはとモチベーションを上げてくれます。目標を達成したからこそインセンティブが出るわけで、そのインセンティブにちょっとした工夫をするだけで、その効果は劇的に上がり、日本にいながらディストリビューターとの距離もどんどん縮まるというわけです。
こうした管理育成をしっかり行っている企業は、売上が単発で終わらず持続して成長しています。こうした取り組みを開始して6年が経過しているある中小企業は、管理育成が深まれば深まるほど、数字として成果に結びついており、6期連続で目標達成をしています。
逆に管理育成を軽視していた企業は、売上が単発、もしくは数発で終わり収束していってしまった例が少なくありません。中小企業の場合、9割は、こうした理由でうまくいっていないのです。