HOME » コラム・対談 » 【対談】グローバルの流儀 » Vol.21 人と地球を健康に。ソーシャルビジネスの先にグローバル展開を見据えて

コラム・対談 Columns

【対談】グローバルの流儀

グローバルの流儀 フジサンケイビジネスアイ紙 特別対談シリーズ『グローバルの流儀』は、弊社代表の森辺がグローバルで活躍する企業の経営トップにインタビューし、その企業のグローバル市場における成功の原動力がどこにあるのか、主要な成功要因(KSF)は何かなど、その企業の魅力に迫る企画です。本企画は2015年にスタートし、今年で9年目を迎えます。インタビュー記事は、新聞及び、ネットに掲載されています。


Vol.21 人と地球を健康に。ソーシャルビジネスの先にグローバル展開を見据えて

株式会社ユーグレナ 代表取締役社長 出雲 充 氏
Vol.21 人と地球を健康に。ソーシャルビジネスの先にグローバル展開を見据えて

株式会社ユーグレナは、微細藻類であるミドリムシ(学術名:ユーグレナ)を活用した機能性食品や化粧品などの開発、販売を行うとともに、 ミドリムシなどを原料としたバイオ燃料の生産に向けた研究を行う、今、最も勢いのあるベンチャー企業の1つだ。 2012年12月に東証マザーズに上場し、2014年12月に東証1部に市場変更。 グローバルではバングラデシュでソーシャルビジネスを展開し、貧困問題の解消を目指している。 代表取締役社長 出雲充氏に、ミドリムシの可能性と今後のグローバル展開について聞いた。

栄養素を59種類も持つミドリムシの屋外大量培養に世界で初めて成功

森辺: 2005年に設立された株式会社ユーグレナは、ミドリムシの研究やヘルスケア商品の開発、販売で知られる企業です。 そもそもミドリムシとは何なのか、ご存じのない方も多いと思うので、御社の事業内容と併せてお聞きできますでしょうか。

出雲: 当社ではミドリムシを中心とした微細藻類に関する研究開発、生産、販売などを展開しています。 ミドリムシは5億年以上前に誕生した微細藻類。 植物のように光合成を行って栄養分を体内に溜め、動物のように細胞を変形させて動くという、 植物と動物の両方の性質を持つ不思議な微生物です。 「ムシ」とつくので昆虫の類だと思われがちですが、実はワカメやコンブの仲間なんですよ。 ミドリムシは和名で、その学術名が社名にもなっているユーグレナです。

世界中に100種類以上存在しているミドリムシは、種類によって保有している栄養素が異なります。 当社で研究を進めているのは、「ユーグレナグラシリス」という品種。 ビタミン、ミネラル、アミノ酸、不飽和脂肪酸など、野菜・お肉・お魚の栄養素を合計59種類も持っているため、 サプリメントの材料として非常に適しているんです。 人間が必要とする栄養素のほとんどを秘めているといえるでしょう。 当社は2005年、ミドリムシの屋外大量培養に世界で初めて成功しました。 ミドリムシ自体は、実験室レベルでは少量だけ(一か月で耳かき一杯分)培養できましたが、 それを屋外で大量培養することが非常に難しかった。 今現在でも、大量培養技術を用いて、ミドリムシを様々な商品に応用しています。

森辺: 御社が大量培養に成功したお陰で、我々はミドリムシの豊富な栄養を享受できるというわけですね。 「ムシ」のイメージを払拭するのは大変だったんじゃないですか?

出雲: それは、未だに払拭しきれていないというのが実状です。 サイエンスを学んだ経験がある方などは当然、ミドリムシの価値や当社のことをご存じでしょう。 そうした方々が中心となって当社の約8万8,000人の株主を構成しているものと思われます。 しかし、お客様はそうはいきません。 未だに当社は、イモムシや毛虫のような、気持ち悪い虫屋さんだと思われている(笑)。 例えば、当社の商品、「飲むミドリムシ」にはミドリムシが5億個入っています。 このことに、キャベツ畑からアオムシを5億匹捕まえて来て、すりつぶしてジュースを作っているようなイメージを持たれてしまう。 これをいかに払拭していくかは当社の今後の課題ですね。

一方で、「元気になりたい」「健康になりたい」「綺麗になりたい」という思いから、 当社の商品をスタートしてくださる方もたくさんいらっしゃいます。 そして、変化を感じ、気に入ってくださった方は、浮気をせずに当社の商品を使い続けてくださる。 当社の顧客は25万人になり、この方々は当然、ミドリムシへの理解も深めてくださっています。

森辺: 最初にミドリムシと聞いた時には正直、私も「えっ、虫!?」と思いました(笑)。 既に多数の株主や顧客たちが理解されているように、何年か先には「ミドリムシ=藻類」という認識が定着するでしょうね。

出雲: 株主やお客様、いわば当社のファンだけではなく、100万人、1,000万人の方に当たり前のようにミドリムシ商品を使っていただいきたい。 どんなに時間がかかっても、日本人の健康寿命を延ばすことに貢献したいと思っています。25年で世代が1サイクル変わると、生まれた時からミドリムシが食卓にあって、 学校でも「これは動くワカメです」なんて習うような世の中になるかもしれません。そんな未来のお客様と一緒に、ミドリムシを世界に広げて定着させていきたい。 それをやる時間があるというのが、ベンチャーの一番楽しいところなんですよね。

森辺: ミドリムシは新しいバイオ燃料の原料としても注目されているようですね。

出雲: ミドリムシから燃料を作る取り組みは、当社にとって非常に大きな挑戦の1つです。 サトウキビやトウモロコシなどから生産されるバイオ燃料は食料価格の高騰を招きました。 ミドリムシのような藻類は、従来のバイオ燃料が抱える問題を克服できる可能性があるため注目されているんです。 当社では2010年よりバイオジェット燃料の研究を開始し、大学や企業との共同研究や政府支援プロジェクトへの参画を通して、 燃料用ミドリムシの培養技術などの開発を進めてきました。 2014年にはいすゞ自動車株式会社との間で、ミドリムシ由来の次世代バイオディーゼル燃料の実用化に向けた共同研究契約を締結し、 「DeuSEL®(デューゼル)プロジェクト」をスタートさせたんですよ。 そして、2018年の11月末には日本で初めてとなるバイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラントを横浜に完成させました。 そのときに、日本をバイオ燃料先進国にする「GREEN OIL JAPAN」を宣言し、 2020年までには飛行機やバスなどでバイオ燃料を実用化する予定です。

バングラデシュで貧困問題と向き合うソーシャルビジネスを展開

森辺: 御社はバングラデシュ人民共和国で「ユーグレナGENKIプログラム」と「緑豆(りょくとう)プロジェクト」を展開されていますね。 そもそも、なぜバングラデシュだったのでしょうか?

出雲: 私は大学1年生の時に、インターンシップでバングラデシュのグラミン銀行で働く機会に恵まれました。 バングラデシュは世界で最も貧しい国の1つでした。 当時、30万人ほどのストリートチルドレンが存在するといわれ、 私自身も、必要な栄養素が足りずに栄養失調になっている子どもたちを見て愕然としました。 「何とか彼らが健康に生活できるような栄養源を見つけたい」と思ったことが、ミドリムシの研究と起業へとつながっています。

会社を作ってからずっとバングラデシュの貧困問題に取り組みたいと思っていましたが、 設立当初は会社が明日つぶれるかもしれないという日が続いていたので、なすすべがなかった。 2012年にマザーズに上場させていただいたことをきっかけに、2013年、やっとバングラデシュ行きが実現したんです。 そこから、外務省のODA案件化調査として「ユーグレナを用いた母子保健事業案件化調査」を実施し、 ミドリムシによる栄養改善の可能性について調査するなど1年の準備期間を経て、 2014年、ついにプロジェクトをスタートできました。

森辺: 大学在学中にバングラデシュの貧困というものをまざまざと目にしたことが起業のきっかけになり、 上場して少し落ち着いた途端にバングラデシュに赴いたと。 その決断と行動の速さには驚きますね。 グラミン銀行といえば、低利融資によって貧困層の自立を支援してノーベル平和賞に輝いたソーシャルビジネスの典型のような企業です。 今、まさにそのグラミン銀行と一緒に合弁会社を作って、この取り組みをしているというわけですね。 では、まずは「ユーグレナGENKIプログラム」について教えていただけますか?

出雲: 2014年からスタートした「ユーグレナGENKIプログラム」は、現地企業とOEM企業の協力を受けて、 バングラデシュの児童を中心にミドリムシ入りクッキーを配布し、栄養改善を目指すプロジェクトです。 今、まさに58カ所の小学校で約1万人の児童が毎日ミドリムシ入りクッキーを食べて、元気に頑張っています(2018年1月時点)。

森辺: 「緑豆プロジェクト」についてはいかがでしょうか?

出雲: 当社とグラミングループのグラミンクリシ財団がバングラデシュに設立した「グラミンユーグレナ」で行っているのが「緑豆プロジェクト」です。 バングラデシュ政府系開発機関 PKSF と業務提携を結び、国際農業開発基金を活用して取り組んでいます。

バングラデシュでは国民の大半が農業を営んでいて、農家の多くは貧困家庭。 農村での雇用創出と収入増が課題になっています。 バングラデシュで多く食されている緑豆の栽培において、日本の農業技術をバングラデシュの農家に伝え、 より良質な緑豆の栽培を実現するとともに、バングラデシュ国内の市場価格を上回る価格で緑豆を買い取り、 日本へ輸出するというのが当プロジェクトの概要です。 緑豆は日本で育て、モヤシとして販売されるんですよ。 農家の生活水準を上げることはもちろん、利益はグラミンユーグレナで再投資をして、さらに貧困を減らすために役立てています。

森辺: 貧困に苦しむ人々に対して単純に寄付をするのではなく、 ビジネスをより良くすることで、彼らが自発的に事業や収益の拡大を目指していける、 サステナビリティを考慮した循環サイクルを御社が作り上げたということですね。

持続可能な開発目標実現へ、国連とのパートナーシップにより加速

出雲: この実績やノウハウが評価され、当社は日本企業として初めて、 「国際連合世界食糧計画(WFP)」の事業連携のパートナーとして採択されました。 今回の事業連携により、国連から200万ドルの資金提供を受け、 ロヒンギャの難民キャンプでも2万人の方に向けて緑豆で食料支援を行うことが決定したんです。 国連のサポートがなければ、ロヒンギャの難民キャンプなんてアクセスするだけでも大変ですよ。 難民キャンプは基本的に国連とバングラデシュ陸軍が管理していて、 いくら善意といっても、キャンプにいる約85万人に給食を届けるのは難しい。 政府や国連との協調、パートナーシップというものが絶対に必要なんですね。 このWFPとの事業連携を通じて、バングラデシュの小規模農家の生計向上支援、 および貧困層への食料支援をますます進めていくことができるはずです。

世界中で食料不足に困っている方たちは約10億人いるといわれています。 その中の約85万人がいるのがバングラデシュ。 最も困難な場所でスモール&ベストプラクティスを作るというのがベンチャーの仕事だと思うんですね。 当社がベストプラクティス、ベストケース、 ベストメソッドというものを最も食料不足が深刻なバングラデシュで作ることができれば、 それを国連や多国籍企業がグローバルに水平展開してくれるはずです。 「人と地球を健康にする」というのが当社の経営理念。 バングラデシュを皮切りに、ミドリムシを世界中に届け、 この星から栄養失調をなくすチャレンジを始めたいと思っています。

森辺: 出雲社長のお話を聞いていると、貴社のソーシャルビジネスに対する本気度をとても強く感じます。 出雲社長は株主総会でも、食料問題に対して何ができるのかということをものすごく熱く語られていました。 まさに、2015年の国連サミットで採択された国際目標である、持続可能な開発目標(SDGs)に真剣に取り組まれていることが分かります。

出雲: 私たちはSDGsに対して本気なんですよね。 私は経済産業省の「SDGs経営/ESG投資研究会」の委員にもなっています。 この委員には、各分野の事業会社のCEOや、SDGsを大学経営に積極的に取り込みつつある大学長が参画。 SDGsというグローバルな社会課題の解決のために日本がいかに取り組むべきかという、 経営そのものにかかわる課題に対して議論を行っています。

今の若いミレニアル世代の人たちには、デジタルネイティブとソーシャルネイティブという2つの特徴があります。 デジタルネイティブとは、学生時代からインターネットやPCのある生活環境の中で育ってきた世代のこと。 ソーシャルネイティブとは、学生時代からソーシャルメディアを経験していて、何でもクチコミで情報を得るため、 マーケティングやプロモーションが成り立たない世代のことです。 彼らの中には、自分が有名になりたい、お金持ちになりたい、高い給料をもらいたいと思っている方はほとんどいない。 その証拠に、一流企業に就職できるような優秀な学生であっても、当社に就職を決めてくれることが多々あります。

当社は儲け主義では全くないので給料は決して高くはないし、端から見たら「ムシ」を扱うへんてこりんなベンチャー企業です(笑)。 それでもミレニアル世代の人たちは、 我々の唯一の強みである「社会問題に真剣に取り組むベンチャー企業」だということに価値を感じて入社してくれる。 先ほど森辺さんがおっしゃった、SDGsへの貢献に対して本気なのかをしっかり見極めて、その上で当社に来てくれているんです。

ソーシャルビジネスの先に、最短でのグローバル展開を見据える

森辺: 御社のヘルスケア事業やバイオ燃料事業はグローバルで十分に戦えるものだと感じます。 グローバルな未来で、どんな世界を思い描いているのでしょうか?

出雲: もちろん、海外でもヘルスケア事業やバイオ燃料事業を展開していくつもりです。 ただ、日本でビジネスを行っていてつくづく実感したんですが、 全く知名度がないものを浸透させるマーケティングコストは、やはり大きいんですよね。 今、ロヒンギャ難民の食料不足問題に取り組む理由の1つには、長い目で見た時に大きなきっかけになるという点もあるんです。

現在の取り組みによってロヒンギャの難民キャンプの約85万人の栄養失調がゼロになったとしたら、 国連がミドリムシを国連のマークとともに世界中へ展開するでしょう。 国連が、世界中がミドリムシを知るきっかけを一緒に作ってくれることになります。 当社の商品が世界に出てから初めて、実は日本で大ヒットしている商品で、 技術的にすごく難しいから当社以外では培養できない、競争相手がいない、ということが明らかになる。 ある意味ゼロからではなく、国連が一緒にきっかけづくりをしてくれている状態で他の国々に展開できるわけです。

ネスレやデルモンテ、ペプシコといったグローバルな企業であっても、 また、日本ではヤクルトや、キッコーマン、味の素であっても、 マーケティングやプロモーションに多大な費用をかけ、大きく成長するまでに月日をかけています。 当社もゆくゆくは1,000億円規模の売上を達成していきたいと考えていますが、 知名度のない我々がゼロから、既存のマーケティングの手法でミドリムシの普及を図るには、40年、50年かかるでしょう。

それが「ロヒンギャの難民キャンプという世界で最も困難な場所で、 栄養失調の方たちをゼロにしたのがミドリムシ」となれば、 もうすこし短期間でもあれば世界中に広がる可能性があるのではないかと思うんです。 しかも、これまでの大企業のようなやり方のマーケティングには反応しないミレニアル世代の人たちが、 これからお父さん、お母さんになり、ミドリムシのメインターゲットになっていく。

森辺: 今、海外展開に成功しているグローバル消費財メーカーと同じ戦い方をしたら、当然同じだけ時間かかりますからね。 御社は、一般的な日系の消費財メーカーと同じことは考えていないだろうな、という気はしていましたが、 従来のマーケティング戦略で戦うつもりは全くなくて、 ソーシャルビジネスの先にグローバル展開を見据えていたとは、恐れ入りました(笑)。

出雲: この戦略以外では、当社のグローバル展開の成功は不可能だと思っています。 今後、デジタルネイティブ、ソーシャルネイティブの人たちがどんどん増え、 「アメリカや中国から安く調達できるのに、 わざわざ日本の高価でオーバースペックの商品を買う必要はない」という考え方が大多数になっていきます。 海外で受け入れられずに日本に帰ってきても、日本の人口はどんどん減り続ける一方で、企業として生き残るのは難しいでしょう。

当社に入社してくるミレニアル世代の人たちは、 たくさんの大企業が10年、20年後に困難な状況になるということを直感的にキャッチして、 当社を選んでくれているのかもしれませんね。

森辺: 本当にそうだと思いますね。 私はすっかり、出雲社長のファンになりました(笑)。

出雲: それは大変光栄です。実は、WFPとの事業連携が決まる前までは、このようなビジョンは私の胸に納めていたんです。 国連とのパートナーシップが当社のビジョンに対して大きな後押しになったため、今回がいい機会だと思ってお話しさせていただきました。 「人と地球を健康にする」という当社の経営理念は、そう遠くない未来に実現できると信じています。

ゲスト

出雲 充

出雲 充 (いずも みつる)

株式会社ユーグレナ 代表取締役社長

Mitsuru Izumo, euglena

東京大学農学部卒。2005年8月株式会社ユーグレナを創業、代表取締役社長就任。
同年12月に、世界でも初となる微細藻ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。
世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leader選出(2012年)、第一回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」(2015年)受賞。 著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)がある。

インタビュアー

森辺 一樹

森辺 一樹(もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

Kazuki Moribe, SPYDER INITIATIVE

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に17年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。