HOME » コラム・対談 » 【対談】グローバルの流儀 » Vol.39 上限のない患者のニーズに応え、真に必要とされる製品を提供

コラム・対談 COLUMNS

【対談】グローバルの流儀

グローバルの流儀 フジサンケイビジネスアイ紙 特別対談シリーズ『グローバルの流儀』は、弊社代表の森辺がグローバルで活躍する企業の経営トップにインタビューし、その企業のグローバル市場における成功の原動力がどこにあるのか、主要な成功要因(KSF)は何かなど、その企業の魅力に迫る企画です。本企画は2015年にスタートし、今年で5年目を迎えます。インタビュー記事は、新聞及び、ネットに掲載されています。


Vol.39 上限のない患者のニーズに応え、真に必要とされる製品を提供

ニプロ株式会社 代表取締役社長 佐野 嘉彦 氏

大阪府大阪市北区に本社を置くニプロ。 1954年の設立以来「事業活動を通じた社会貢献」の実現を目指し、技術革新をコンセプトに、 医療用硝子部材から医療機器、医薬品へと事業を拡大してきた。 長年にわたる開発・生産により蓄積してきた技術とノウハウを活かして、 現在では人工臓器、循環器、検査・診断薬、注射・輸液、医療用医薬品、医薬用包装材料そして、 再生医療等製品などの幅広い分野において、患者や医療従事者のニーズに応える製品・技術を提供している。 海外売上比率が約4割のグローバル企業でもあり、各国における地産地消を方針にトップシェアの獲得を目指すニプロ。 代表取締役社長 佐野嘉彦氏に、国内、海外における戦略を聞いた。

ニーズに応じて、硝子から医療機器事業、医薬品事業へと拡大

森辺: ニプロといえば人工透析の分野で有名な会社ですが、ご縁のない人もいると思うので、まずは御社の事業内容を教えていただけますか?

佐野: ニプロは現在、3つの事業を展開しています。 透析関連、人工臓器関連の製品を中心にさまざまな医療機器を扱う医療機器事業。 注射剤や経口剤、外用剤などを製造・販売するとともに、開発や製造受託も手がける医薬事業。 そして、硝子を中心に、ゴムやプラスチックなどさまざまな機能素材と、それを用いた部材を提供するファーマパッケージング事業です。

森辺: 御社は70年以上の歴史を誇る大企業ですね。 御社の歩みを簡単に教えてください。

佐野: 当社の創業は1947年、電球再生事業でスタートしました。 1954年、京都市下京区に日本硝子商事を設立。 アンプル用硝子管、錠剤瓶用硝子管の販売を開始しました。 販売先の製薬メーカーからの依頼を受ける形で、1965年に製薬会社向けの輸液セットの販売を始めたことをきっかけに、 医療機器事業へと進出。輸液セットというのは、輸液チューブ、タコ管、注射針のセットです。 タコ管は当時、輸液の中のエアを体に入れないために輸液チューブに付けられていたもので、これが硝子でできていたんですね。 それで当社に依頼が来たというわけです。 医療機器事業の中では、1975年に製造を開始した人工腎臓「ダイアライザ」が当社を代表する製品となりました。

当社の医療機器の品質と信頼性は海外企業からも高い評価を受け、取引先は世界各国へと広がっていき、 1988年には海外初となる製造・販売拠点をタイに開設。 事業のグローバル化に踏み出しました。 さらに、アンプルやバイアル瓶、注射針などを扱ったことから、関連する注射薬へ事業を展開。 医療現場で増大する「医薬品と機器のキット化」へのニーズに対応するため、1988年に菱山製薬(現ニプロファーマ)に資本参加し、 本格的に医薬品分野へと進出しました。

こうして、今日につながる「医療機器」「医薬」「ファーマパッケージング」という事業の3本柱を確立するとともに、 中国、ブラジル、米国、シンガポールと、次々と事業拠点を設立し、グローバルな事業展開を加速。 現在は総合医療メーカーとして品揃えの強化と世界市場でのシェア拡大に取り組み、 2020年度には連結売上高5,000億円達成を目標に、着実な歩みを進めています。

森辺: 御社の歩みをお聞きすると、それぞれ何かきっかけがあって、事業分野の拡大をされてきたんですね。 運命のようなつながりを感じます。

佐野: そうですね。ありがたいことに、2019年9月現在ではグループ全体の従業員数が3万人を超えています。 日本人が9,000名弱で、外国籍の従業員が2万2,000名近くになりました。 工場は全世界に58か所あり、医療機器が29、医薬品が15、硝子関係が14という数になります。 販売拠点は全世界で239か所で、国内が67、海外が172。 2019年9月末の売上の比率は、医療機器が56%、医薬品が36%、ファーマパッケージングが8%です。 昨今の売上高の比率は、国内が61%、海外が39%。 これが当グループのデータで見る全体像になります。

海外にホールディングスを設置し、グローバルで地産地消を目指す

森辺: 御社は2019年1月に「2019年 ニプログループ経営方針」を発表されました。 テーマは、「激動の時代にめげず、ユーザーニーズに応え、製品競争力・市場シェアともに世界トップを目指し、グローバルで地産地消の考えを推し進める」とのこと。 2019年を振り返って、どのような取り組みをされたのか具体的にお聞かせください。

佐野: まず、当グループがM&Aを積極的に推進してくる中、ここへ来て海外にホールディングスが必要だと感じ、 ヨーロッパ、中国にホールディングスを設立してきました。 当グループには小さな会社がたくさんあり、すべての会社に本社機能が存在しているためコスト的に効率が悪かったんです。 そこで、それぞれの会社の本社機能だけホールディングスに移管し、事業に関してはそのまま子会社で決裁する方針としました。 例えば透析部門でいうと、大阪本社の透析部門とホールディングスの透析部門、子会社の透析部門の横の連携を強化して、充実を図ったんです。

森辺: 横串がしっかり刺さる形になっているんですね。 日本人は文化的に、「皆まで言わずとも阿吽の呼吸で物事が進む」というのがありますが、海外で横の連携を取るのは難しいんじゃないですか?

佐野: そうですね。 日本国内なら、例えば、ある営業担当者が別の事業部の製品を売った場合、社内伝票を切って、 「この病院にこの製品を売った貢献度合い」をお互いに話し合って決めるわけですね。 日本人同士なら、譲り合いや多少の貸し借りといった感覚も通じ合いますが、これが外国だったらケンカになりかねません。 この日本的な考え方を持ったホールディングスの感覚にきっちり慣れるには、最低でも1、2年はかかると思います。

森辺: これから整備していくということですね。 それから、「世界トップを目指し、グローバルで地産地消の考えを推し進める」という方針も非常に興味深かったのですが、これについてはいかがですか?

佐野: 世界でそれぞれの製品のトップシェアを目指すというのは、メーカーとしての使命ですよね。 患者さまから見たら、競争力のない製品は売って欲しくないわけです。 ですから当然、他社よりもいい製品にしていかなければならない。 これによって、トップシェアを獲得していくことも可能になります。

森辺: 製品競争力を高めることによって、「ニプロの製品じゃなきゃダメだ」「ニプロがあって良かった」と思われる、 つまり患者の支持を得ることができ、業績やシェアの拡大にもつながる。 メーカーにとっては一番重要なところだということですね。

佐野: ニプロの製品を使った後に他社の製品を使って、やっぱりニプロの方が良かったと思ってもらえることが重要ですね。 地産地消の考え方は、例えば、透析用の血液回路の製造には非常に手間がかかるので、日本国内では人件費が問題になります。 日本の工場ならできるだけ自動化しますが、海外では逆に自動化せずに、働く人に仕事を提供することが大事な場合もあります。 そういう面では国の特性に合わせて、一般的な製品に関しては地産地消でグローバルに展開していきたく考えております。 また、一般的な製品に限らず、再生医療の分野でも、これからは日本だけじゃなくて、アメリカ、その次はヨーロッパへ製造拠点を増やしていくつもりです。

患者の要望に上限がない医療の業界で、ニプロブランドを守り抜く

森辺: 御社の海外事業は1988年、タイに海外初となる製造・販売拠点を開設されたことを皮切りに、現在では海外売上比率が約4割というところまで成長しています。 今後もさらに海外には力を入れていく方針ですか?

佐野: 4割でも少ないので、国内と海外が逆転するくらい海外に注力していきたいと思っています。 医療業界というのは、ほかの業界と比べたら非常に小さいんですね。 1つの製品の市場はもっともっと小さい。 だから、世界でそれなりのシェアを取り、いい製品を量産していかなければ生き残っていけないんです。

当社が海外に本腰を入れて取り組み始めたのは、今から10年から15年前。 私の前の社長が、「これからは海外を伸ばす段階だ」と旗を振り、海外赴任者を増やしました。 しかし、それですぐに商売になるかというと、それほど簡単にはいきません。 苦戦しながらも、人工腎臓「ダイアライザ」が世界中で引く手あまたの製品になっていったので、 これを中心に世界展開を進め、やっと4割の比率まで漕ぎ着けたところです。

森辺: 10から15年前というと、中国の医療展示会では「本当にこの製品大丈夫かな?」というような製品がたくさん展示されていたような時代です。 しかし、今ではかなり中国のメーカーの統廃合が進み、当時とは比べものにならないような優秀な製品が出てきていますね。

佐野: 品質を落とさないで、さらにグレードアップしつつ量産できる、コストダウンできるメーカーが生き残っているということですね。 人工腎臓の例を挙げれば、日本で生まれたわけではなくて、開発したメーカーが自国で品質の安定と量産が難しかったために、 日本やドイツなどの会社に統合されてきたんですよ。

普通の製品と医療分野の製品の大きな違いは、医療では最終ユーザーである患者さまの要望に上限がないことです。 例えば、リンゴだったら「もうこれ以上甘くない方がいい」、 テレビなら「これ以上いろいろな機能があっても使いきれない」といった上限がありますよね。 しかし医療は要望に上限がありません。

森辺: なるほど。 日本の家電をはじめとする製品は「オーバースペックだ」「品質過剰だ」と言われて海外から撤退したメーカーがたくさんありましたが、 確かに考えてみると、患者さまが自分の体に使うものに欲望の上限はないですよね。 もちろん物理的にお金を払えるかどうかはありますが。

佐野: ですから医療では2つのグレードが欲しいんですよ。 一番良い製品と、そうでなくても何とか我慢できる製品。価格も1つの品質ですから。 最終的に医療は、その製品がなくなる方向に進まなければならない。 その製品を必要とする病気にならないようにするのが、患者さまの一番の要望です。 だから、我々メーカーは、自社の製品がなくなることを惜しんではいけないんですよ。

森辺: 製品のトップシェアを望みつつ、その製品が必要なくなるような、もっと優れた製品の開発、もしくは医療の発展をも願っているということですね。

佐野: そうです。 もちろん、人は死ぬまで何の病気にもかからないということはできません。 1つの病気が根絶しても、また新しい病気が出てきますから、医療産業全体としては市場の拡大は望めると考えています。

森辺: 今後、海外展開を進める上で、御社にとっての課題を教えてください。

佐野: 医療機器は大きく分けて、検査データを測定する検査機器と臨床上の治療機器に分かれます。 検査に使う製品はデータを提供するもので、検査データの値等により総合的に医師が診断を下します。 一方、治療に使う製品の場合は、医師の手技より治療が行われ治療そのものを機器が助けるので、 医療現場での機器の使い易さや完成度が求められます。 即ちメーカーの責任は重いわけです。 大手の医療機器メーカーでは検査にかかわる製品しか作っていないところもありますね。 治療に使う製品で一番大変なのは、治験データのエビデンスを収集し申請の上、承認を受けることです。

もちろん生産するのも大変ですよ。 品質を安定させながら量産するというのは並大抵のことじゃないですから。 そして、1つの製品が認可を受けても、今度は販売網を作っていくのがまた大変です。 「ダイアライザ」の販売網はすでに全世界にできていますが、新しい製品の販売網はまた微妙に違います。 何もないことから比べたらはるかに楽ですが、それでも新製品には人材育成を含め、かなりの投資が必要なんですよ。 生産、認可、販売網を拡充の3つが、これまでもこれからも当社が抱えていく課題ですね。

森辺: 販売網について詳しくお聞かせください。 今、御社の販売拠点は世界に239があって、そこにそれぞれ販売店があるわけですよね。

佐野: 医療関係の場合は、日本でも海外でも、病院に製品の説明をしに行くのはメーカーの人間です。 販売店の人には物流とデリバリー、代金回収に加えて、日頃の信頼関係を病院側と結んでおいてもらう。 その信頼関係の上に、当社の営業担当者が製品説明に行くという構図です。

森辺: 御社の営業担当者が行った時に信頼してもらえるかもらえないかは、 販売店の人が日頃しっかり病院側とコミュニケーションを取っているかどうかが大きいと。 そういう全体のストラクチャーを含めて、佐野社長がおっしゃる販売網の強化にあたるわけですね。 日本のメーカーは、海外では販売店に丸投げしておしまいという会社も少なくありません。 御社は自社でしっかりやられているというのがすごいですね。

佐野: 一部製品については、まだ販売店に全部投げているものもありますよ。 しかし、透析関係は基本的に全世界で販売網をきっちりと築いています。

それから、研修をいかに充実させていくかも当社の課題の1つです。 当社では世界各地に研修センターを設けていて、透析の研修センターだけで、2019年9月末現在で19カ国に33か所あるんですよ。 また、滋賀県草津市には研究所の隣に、医療従事者向けの専門的な研修施設、「ニプロiMEP」を設けています。 病院と同じような設備で、外科の手術や透析もでき、医師、看護師、薬剤師などの研修を行うものです。 これと同じ研修施設をヨーロッパにも作りました。

森辺: 透析の機器にしても、治療に携わる人が使い方が分からなければ売れないので、それを研修施設「ニプロiMEP」で教えている。

佐野: そうです。 例えば透析液は、病院で原薬を水で薄め、血しょう成分に近い濃度にして使用します。 この配合を間違えると、患者さまの命にかかわる可能性は十分にあるわけです。

研修を充実させることは、治療の質を落とさないでニプロブランドを守り抜くことにもつながります。 以前、アフリカで当社が入れた透析施設で、4、5年してからほかのメーカーの製品に乗り換えたということがありました。 ところが、患者さまが、透析が終わっても体調が悪くて家に帰れないというんです。 「早くニプロさんの製品に戻してくれ」と。 病院側はコストを抑えるために他社製品に変えたんでしょうが、 その地域で他社製品を使うのが当たり前になってしまったら良くないですよ。 そうならないために、せめて1国に1か所だけでも当社の透析クリニックと研修センターを作って品質を維持しようと動いています。

森辺: 世界中で基準を先に作ってしまうというビジネスモデルは面白いですね。 その地域の国民が一番いいものを知ることで、先ほどのお話にあった、2つのグレードを国民が選べるようになりますね。

それぞれの治療単位で、世界トップ3のシェアを獲得していきたい

森辺: 最後に今後の展望をお聞かせください。

佐野: 当社は全従業員が三方良しの考え方で、売り手と買い手がともに満足し、さらに社会貢献ができることを理想としています。 この考え方は将来的にも変わらずにありたいですね。

また、医療にかかわる組織は縦だけではなく、横にもつながっていることが大切です。 なぜかというと、「ダイアライザ」の製造マシンでは「ダイアライザ」を専門に作りますが、 医療の現場では「ダイアライザ」も、透析装置も、透析用の血液回路も、透析に関係する医薬品も全部欲しいんですよ。 ですから、作る時は1個1個であっても、売る時には横のつながりを常に全従業員が把握し、 医療現場のニーズにきちんと対応できるメーカーでありたいですね。

これからのニプログループが目指すものは、 治療、予防、健康増進という医療現場ニーズの大きな流れを踏まえて先進的な製品の開発を推し進めること。 それとともに、世界中に暮らす文化や習慣、生活様式、年代などが異なるさまざまな人々の、 あらゆる医療ニーズに応えられる「真にグローバルな総合医療メーカー」になることです。 そのためにも、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)のPDCAサイクルを徹底し、 従業員が一丸となって同じ方向を見て取り組むことで、よりよい品質の製品を生み出していきたいと思います。

数十年後の未来には、当社がそれぞれの治療単位における世界のトップシェアをより多く獲得していたいですね。 透析だけではなく、ホスピタル製品、バスキュラー製品、再生医療の細胞医薬品関連、医薬品のOEM関連、 それからジェネリック製品関連と、それぞれの分野で世界のトップ3に入っていきたいと考えています。 こうして治療単位で世界トップレベルの品揃えを獲得していくと、 最終的には1つ1つの治療について専門でやってきたベンチャーや小さな会社が、 グループの中に入れて欲しいと向こうから要望してくるはずです。 こうした会社を傘下に入れることで、さらに多くの技術やノウハウを吸収し、グループ全体が充実していくでしょう。

これからも常にユーザーである患者さまや医療従事者の目線に立って、真に必要とされる製品や技術をトータルに提供していきたいですね。 「ニプロブランド」を広めることで、世界中の人々の健康に貢献できるよう努力を重ねていきます。

ゲスト

佐野 嘉彦 (さの よしひこ)

ニプロ株式会社 代表取締役社長

Yoshihiko Sano, NIPRO

1945年山梨県生まれ。大阪市立大学工学部を経て1968年に日本硝子繊維(現、日本板硝子)に入社、当時船舶ボート、他FRPに使用するガラス繊維の開発を担当。1975年、30歳の時に株式会社ニプロ(現、ニプロ(株)国内事業部)に入社。現在、ニプロの主力製品で当時販売し始めたばかりの人工透析装置の商品開発、メンテナンス及び営業を担当。日本全国の医療機関を隈なく回った。2006年常務取締役国内事業部長に就任。事業部長時代は医療機器などの商品開発、改良を進め、商品数を12000品目から20000品目に増やしたことやユーザー目線の営業政策を打ち出す。2012 年に代表取締役社長に就任。「経営に必要なのは他社よりもメリットのある商品を供給し続けること。顧客に継続し利用して頂けるだけでなく感謝して頂ける営業を行う。そうなることによりおのずと生き残れる。」これが持論。

インタビュアー

森辺 一樹

森辺 一樹(もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

Kazuki Moribe, SPYDER INITIATIVE

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に17年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。