コラム・対談 COLUMNS

【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol.1 グローバル・マーケティング

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

グローバル・マーケティングとは

グローバル・マーケティングとは、一体どのようなマーケティングを指すものなのでしょうか。グローバル・マーケティングとは、一般的には多国籍企業が行っている国境をまたいだマーケティング活動であると理解されています。グローバル・マーケティング研究の第一人者である明治大学 経営学部の大石 芳裕 教授の定義では、「グローバル・マーケティングとは、多数(複数)の国・地域で、国境を越えて、同時にかつ連関して意思決定しなければならないマーケティング」とされています。この定義では、単に日本から海外のある国へ輸出をするという経済行為を指すものではなく、複数の国をまたぎ事業展開する折には単純な二国間貿易とは異なる戦略や事業の調整が必要であるというグローバル・マーケティングの特徴をよく示しています。

日本企業のグローバル・マーケティングの支援を行っているスパイダー・イニシアティブでは、グローバル・マーケティングを「地球規模で市場を捉え、ニーズに応えて利益を上げること」と定義しています。当社では、グローバル・マーケティングを考える時に、この「地球規模で市場を捉える」ことと、「利益をあげる」ことは重要な要素であると考えています。

今日、生産拠点としてのアジア新興国進出では一定の成果をあげたはずの日本企業が、アジア新興国を「市場」と捉えた途端に苦戦を強いられています。「技術力がすべて」と、これまでの日本企業が信じてきた最強の武器はアジア新興国では必ずしも通用しない時代に突入してしまいました。「高い技術で高品質のものさえつくっていれば世界はそれを求めるはず」という考え方に固執するあまり、市場のニーズを見誤り、適切とは言えない経営資源の投資を行い、それを回収できずに撤退する事例は少なくありません。現地の消費者や企業のニーズは何なのかを見極めること、また投じた資金を回収し利益をあげていくために狙った市場にどう適合していくべきなのか、きちんと舵取りをしていくことがグローバルビジネスでは求められるのです。

「国際マーケティング」と「グローバル・マーケティング」違い

グローバル・マーケティングに似た言葉に「国際マーケティング」があります。これらの違いはどのようなものなのでしょうか。ひとつには企業の進出先の国との関与のあり方や、規模的な発展から見た違いがあります。国際マーケティングという言葉が生まれたのは1960年代だと言われています。当時は自国と外国との間で行われるマーケティングとして「国際マーケティング」というワードが用いられていました。その後、取引に関与する国の数が増え、また取引先国での現地適合化が進むなど関与の度合いもより深まっていったことから、これら国際化の進展に伴い多国籍でのマーケティングを表す「グローバル・マーケティング」へと進化していきました。この「国際マーケティング」とは、英語にすると「インターナショナル・マーケティング」が適当です。その昔、「インターナショナル」という言葉がよく聞かれたと思います。いつ頃からか、この「インターナショナル」という言葉が聞かれなくなり、代わりに「グローバル」という言葉に置き換わりました。これが正に、マーケティングの領域でも、国際マーケティング(インターナショナル・マーケティング)からグローバル・マーケティングに進化したということなのです。

ここでもう少しこの「インターナショナル」と「グローバル」の違いを掘り下げていきましょう。「インターナショナル」とは、日本語にすると、「国際的」とか、「国際間の」と訳されます。英語の「Inter」や「National」の意味から考えても、この「インターナショナル」は、あくまで自国を中心として考えた時の他国との関わり合いを表しているのです。一方で、「グローバル」はどうでしょうか。「グローバル」は、「地球全体の」、「世界的な」と訳されています。つまりは、地球全体を一つとして捉えて物事を考えることです。つまり、国際マーケティングとグローバル・マーケティングでは、市場を見る時の視点が異なるということです。国際マーケティングでは自国と外国との間のマーケティングですから、市場の区別も「国内市場」と「海外市場」という見方になりますが、グローバル・マーケティングにおいては、自国の市場である国内市場は、基本的には中心には置かれず、グローバルで地球全体を市場として見た際の一市場でしかなく、それがたまたま日本であるというだけの話なのです。

前提条件が異なる「グローバル・マーケティング」と「ドメステック・マーケティング」

先述の通りグローバルなビジネス展開において日本企業の苦戦が見られ、グローバル・マーケティングの重要性が高まってきています。ここで、なぜ今グローバル・マーケティングが必要とされているのかを説明するためには、まずグローバル・マーケティングとドメスティック・マーケティングの違いを述べる必要があります。「ドメスティック・マーケティング」とは私の造語のようなものですので、WEBで検索しても「マルチドメスティックマーケティング」などがヒットしてしまうことでしょう。

ドメスティック・マーケティングとは、単純にグローバル・マーケティングの反対の意味として使っているだけで、マーケティングをグローバルで考えるか、ドメスティックで考えるか、つまりは、海外のマーケティングなのか、国内のマーケティングなのかということの違いです。では、なぜわざわざ「ドメスティック・マーケティング」という言葉で、本来は国境がないはずのマーケティングを区別するのかといえば、国内のマーケティングと海外のマーケティングは、前提条件が大きく異なっているからです。日本国内で行われるマーケティングは、すべて整った事業の土台の上で行うマーケティングなので、マーケティングとは言っても川下にあたるところのマーケティングしか行われていません。例えば、B2C企業の場合、日本国内のマーケティングでは、消費者インサイトはなんなのか?消費者の購買意欲をどうかきたてるか?どのようなプロモーションをすべきか?どう集客すべきか?といった類の施策についてのことが主な論点となります。これがB2B企業であっても、ユーザー企業のニーズは何か?どうユーザー企業にリーチをするのか?キーマンをどう獲得するのか?など、やはりマーケティングというよりも、川下のセールス寄りの話がほとんどです。このような様相をドメスティック・マーケティングと呼んでいるのです。

一方でグローバル・マーケティングというのは新興国など、自国以外の新規に参入する、もしくは参入後間もないため、事業の土台が整っていない地域でマーケティングを行うので、基礎中の基礎からやらないといけないのです。それこそ、どこ国の、どの都市の、どのターゲットを狙うのか?B2C企業であれば、どのような消費者に対して、どのような商品を、いくらで販売するのか?その商品は、日本や第三国からの輸入なのか、それとも現地生産なのか?原料はどこで調達するのか?関税や、原料成分はその国にレギュレーションに沿ったものなのか?許認可は必要ないのか?それら商品はどの流通を通じてどう販売するのか?ディストリビューターや、マーチャンダイザーはどうするのか?その商品は消費者にどう知ってもらうのか?ATL(Above the Line)か、BTL(Below the Line)か?そして、それらは、誰が、どのような時間軸で、どの程度の予算と人員で、どう実施していくのかなどの全てを考えなければならないのです。

これはB2Bであっても、小売が無くなり、消費者がユーザー企業に変わり、製品によっては、アフターサービスやメンテナンスが付くという違いはあれ、基本的にはB2C同様に事業を土台から考え作り込んでいかなければなりません。進出先の選定についても、B2C企業であれば、基本的には経済成長が著しい国、もしくは人口増加が著しい国、また一人当たりGDPが高い国などから順に考えていきますが、B2B企業は、国の経済規模や成長の度合いだけでなく、産業集積地や、研究開発拠点も考慮をしなければならないケースも多々あります。なぜなら、開発段階でスペックインしなければ使ってもらえない部品などもあるので、これら部品は、市場の経済規模以上にターゲットの産業集積地や研究開発拠点が重要となるのです。

つまりは、日本国内のマーケティングのように対消費者や、対ユーザー企業についての施策だけやればいいというわけでなく、事業の土台という根本的なところから取り組んでいかなければならないのがグローバル・マーケティングなのです。どのような外部環境や内部環境がある地域に打って出ようとしているのかをリサーチして、そこに進出するとどういうことが起こりうるのかをSWOT分析し、さらにどういうセグメンテーションの、どの層をターゲティングし、自分たちのポジショニングをどこに置くのか。そして、どのような商品を、どのような価格で、どのような中間?流通を通じて、もしくは直販で、どのような小売、もしくはユーザー企業に売り、それをどう広く知ってもらうのか、というところからやっていかなければならないのです。

全てが根本的な部分からやらざるをえない、事業の土台作りからやらざるをえないというのがグローバル・マーケティングの特徴で、自国市場なので事業の土台は既にできており、川下にフォーカスが寄るのがドメスティック・マーケティングの特徴なのです。それ故に、日本ではマーケティングについての主な論点はプロモーションやセールに関することが中心で、そこにはマーケティングの父、フィリップ・コトラーが定義したマーケティングの要素はあまりありません。フィリップ・コトラーが定義したマーケティングとは、顧客に売ることだけではなくて、川上から川下に至るまでのあらゆる工程、つまり商品を企画し、開発を行い、生産して在庫し、流通させ、販売して、売上を回収し、アフターサービスをするなどのすべての工程がマーケティングだと説いているのですが、まさに、川上から川下までのその一連の流れがグローバル・マーケティングでは求められるのです。

なぜ今、グローバル・マーケティングが必要とされているのか

前途で述べた違いがある中で、なぜ今グローバルマーケティングが必要とされているのか。少子高齢化と人口減少により国内産業が衰退していけば日本企業は国外に打って出ていかないといけなくなるわけですが、戦後75年間、日本企業が国内でやってきたことはドメスティック・マーケティングの要素が非常に強く、川下の話を国内でずっとやってきているのが今日の動勢です。もしくは、先にもお話をした国際マーケテイングから進化していないのです。従って、事業の土台をゼロから作るということが、組織としても、個人としても弱く、海外市場でなかなか成功できない、もしくは、成功するにしても時間がかかるという状況になっているのです。これが日本とは市場特性が大きくことなる新興国となれば尚更なわけです。

このような日本企業が今やらなければならないのがこのグローバル・マーケティングです。上記の如く、グローバル・マーケティングは事業の土台作りからやらなければいけないものであり、ドメスティック・メーケティングでは必須のものではありませんでした。しかし、これから海外進出する企業、もしくは既に進出していてなかなか上手くいっていない企業も、既に作られた事業の土台の上で行われるドメスティック・マーケティングから、事業の土台そのものを作ることから取り組まねばならないグローバル・マーケティングへの転換が求められているのです。今日のグローバル競争は益々激しさを増しており、先進国の企業だけでなく、新興国の企業までもが日本企業の脅威となっています。日本企業に残された時間はそう長くはありません。今、日本企業の真価が問われているのです。