コラム・対談 COLUMNS

【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 73 「出ない戦略」を徹底する

著者:森辺 一樹

中小企業は海外に出ることなく「輸出」で戦う

では具体的に中小企業が戦略を策定する上でどのような点に気をつければよいのかについて、お話をしていきます。まず、海外展開には大きく分けて2つの方法が存在します。1つは、現地に工場や営業法人等を設立せずに、日本から輸出をしてビジネスをする 方法です。そしてもう1つは、現地に工場なり営業法人なりを設立して進出する方法です。

結論から先に言うと、中堅中小企業の海外展開は、可能な限り「出ない 戦略」を徹底することが重要です。つまりは、輸出でビジネスをするということです。特に規模が小さくなればなるほど、安易に海外に法人を設立してはなりません。 理由はシンプルです。海外に法人を設立するということは、設立した瞬間から毎月必ず固定費がかかります。売上が立っていなくても固定費は容赦なくかかってきます。中堅中小企業が投じられる資本金の額は限られており、現地でしっかり利益を出せるまでの時間を考えると、大概の場合は資金ショートに陥るのです。
多くの中堅中小企業は、進出前は多少の時間はかかっても事業は軌道に乗ってなんとかなるだろうと考えます。しかし現実は、当初の予想以上に固定費がかさみ、予想以上に利益が出るのに時間がかかります。そして厄介なのは、一度進出してしまうと、「撤退」という判断をするのに時 間がかかることです。撤退を決めるのは、進出を決める以上に難しい決断なのです。「あと少し頑張ればきっと先が見えるはずだ」と、初めて撤退が頭をよぎった時から実際に撤退するまで数年かかることはざらです。結果、撤退した時には取り返しのつかない痛手を負っているケースも少なくないのです。

リスクではなく知識の不足でうまくいかない

事業は時としてゲインを得るためにリスクを取らなければなりません。しかし、多くの中堅中小企業の場合、果敢にリスクを取りに行って失敗したというより、リスクが見えておらず、もしくはリスクをリスクと捉えることができずに失敗したと言うほうが正しいかもしれません。そのレベルの失敗であれば、出る前から知ることができたし、備えることもできたものがほとんどです。リスクに備えるためには、アジア新興国であれば、その市場における知識や経験値が必要になります。それらがないのであれば、最低限必要な基礎調査や分析をしなければなりません。
しかし、調査すらしっかり行わず、「出ればなんとかなるでしょ」で出ていくわけです。事業なので、リスクを取ることは重要です。しかし、リスクが見えないまま進むこと、リスクに対して何の備えもせずに立ち向かうことは、単に無謀なだけなのです。

「輸出」で十分に戦える

では、進出をしないもう1つの海外展開の方法である「輸出」についてお話をしたいと思います。まず、最初にお伝えしたいのは、なぜ、中堅中小企業には、現地進出ではなく日本からの輸出を推奨しているのかです。その理由は、中堅中小企業がアジア新興国市場で求める売上規模が小さいからです。
中堅クラスになれば、業種にもよりますがそこそこの規模の売上を比較的短期に出したいと考える企業もあるかもしれません。そういった企業は、しっかり備えて現地進出をしたらよいと思います。
しかし、もちろん業種 にもよりますが、多くの中小企業は、まずは売上数億円を目標にしており、将来的にも数十億円いけば十分というのが実際ではないでしょうか。であるならば、現地に工場や営業法人を設立するリスクは取るべきではありません。なぜなら、ROI(Return on Investment)が合わないからです。つまり、投資対効果が悪いのです。

売上数億円から数十億円を目指す のであれば、現地法人設立などというリスクを取らなくとも、輸出で十分 達成できるのです。 輸出でビジネスをする最大のメリットは、現地法人を設立した直後から 発生する固定費が一切かからないということです。これはアジア新興国市場でのビジネスに慣れていない中堅中小企業にとってはとても大きなことです。この費用があるかないかで事業の成功確率はまったく変わってきます。利益がないのに、固定費がかかるということは、勝手のわからないアジア新興国で出血しながら彷徨っているようなものです。大企業であれば、多少の出血ではびくともしませんが、中小企業になればなるほど痛手です。

輸出で海外に売るということは、注文自体は基本的に「Cash on Delivery」、つまりは先払いなので、売買リスクもありません。現地法人設立はいつでもできます。まずは輸出でやってみて、少しでも 売上を上げ、売れる感覚を掴み、ある程度の知識と経験値を積んでから、次の成長のために現地法人を設立しても遅くはないのです。
中小製造業のC 社は、この「出ない戦略」で大きな成果を上げています。取り組みを開始して2年で売上数億円規模にまで到達しました。驚くのは この中小企業の製品単価は数十円だということです。それだけ単価が安い製品を数億円販売しようと思うとそれなりの数のコンテナ数を輸出することなりますので、それなりの大きな需要がないと達 成できません。それにもかかわらず、新規に取り組みを始めた国で、2年で売上数億円にしたのですから、「出ない戦略」の効果は絶大です。
ちなみに、このC社はそれまでは駐在員事務所を出したり、現地法人 設立したりしていたのですが、その時は、いくら売っても固定費が重く、まったく利益が出ませんでした。実際に現地法人を閉じても、ディストリ ビューション・チャネルだけしっかり整備しておけば、売上は下がるどころか伸びているのです。C社は今日に至るまで毎年120%以上の成長をし続けています。