森辺一樹(以下、森辺):皆さん、こんにちは。SPYDERの森辺一樹です。Podcast…、Podcastはあれですかね、穴開けてないのかな。いや、実はYouTubeでね、ちょっと収録する時間がなくて穴を開けてしまいまして、何回か飛ばしてしまったということがあったんですけど、今、確認していると、Podcastのほうは大丈夫そうですね。年末に向けてちょっと海外出張が立て続けに入ってしまってね、収録する時間がなくて。Podcastのほうがね、結構、簡単に収録できるのでいいんですけど、YouTubeのほうはね、収録をしてから編集のところにね、業者さんにお願いして、編集してようやく配信できるので、少し時間がかかるというか、大変なので、開けてしまって。ああ、良かった、良かった。Podcastは間を開けてなかったですね。
今日は何の話をしようかなということなんですけど、出張のお話でもしましょうかね。出張。僕もね、だいぶ海外出張は少なくなっていて、今やっぱり海外へ行くって、昔はね、自ら調査に行ってみたいな、指揮執ってみたいなことは結構やってましたけど。今はやっぱり現地のメンバーもいるし、簡単な調査はもう現地のメンバー主導でやるし、あと、そうじゃないのはね、日本からね、東のチームが指揮を執ってやるので、僕が出張に自ら行くということはまずなくて。どちらかと言うと、お客さんのお偉いさんが現地に行くので一緒にアテンドしていきます、というようなことが多いんですけど。そんな中で今回は出張がありましたと。どこに行ったかと言うと、1つはチンタオに行ったんですよね。チンタオも久々に行ったんですけど、これはね、うちはもう10年以上お世話になっているローカルのディストリビューターさんで、あるお客さんの商品を販売してくださっているんですけども、もう10年以上で。社長の息子がそろそろ会社を継ぎそうだということで、息子との懇親含めてね、お客さんと一緒に行ってきたということで、久々のね、中国の会食があったんですけど、夜のね、白酒(バイジュウ)の歓迎を受けて。僕はお酒飲めないのでね、あれなんですけど、飲むふりをするんですけど、うちのメンバー以下、お客さんは大変だったんじゃないかなということで。(笑)でも、いいあれになりましたということでね。お客さんもね、なかなかお連れできてなかったのでね、いい機会になったということで充実した出張だった。
チンタオみたいな中国の都市もね、やっぱりすごく変わったなって、この10年見ていて変わったなっていうのは感じるところで。中国って、僕、2002年に深圳に住んでいたんですけど、あの当時から、今振り返ってみると、やっぱりものすごい変わったなっていうのをね、1級都市、2級都市、都市部、地方部を見ていてもね、すごく感じる。もう激動の25年とかだったなっていう。こうして振り返ってみるとね、整理ができるんだけども。2000年のときなんていうのは、どちらかと言うともう、みんな本当に目が血走っていて、我れが我れがという感じでね、少しでも油断したらやられてしまいそうなね、そんな感じで、まだまだみんな貧しくてね、突き進んでいってたような、そんな感じをすごく思い出に残っていて。当時、経済成長が2桁成長とかしていて、「2桁成長って、周りの風景が半年で変わっていくことを2桁成長って言うんだ」って思ったぐらいに、自分の住んでいたね、このアパートから周りのビルがどんどん建っていってね、景色が半年、1年でどんどん変わっていってしまうんですよね。そんなのが2000年ぐらいで。やっぱり中国がすごく最後ストレッチしたのが2010年代前半ぐらい、15年ぐらいまでがグワーッとストレッチして、そこからスローダウン入っていったという、そんな感じだと思うんですけど。やっぱり成長をグラフにして見てみるとね、ストレッチがグワーッと上がってくると、そのあとやっぱり少し停滞するし、民度というのかな、根本的な国民性はそんなに大きくは変わらないのかもしれないんだけども、やっぱりあの当時の古き良き中国と今とは、だいぶ人の立ち振る舞いというかね、そういうものもやっぱり大きく変化していて。まあね、日本人も昔ね、昭和の初めのほうとね、終わりのほうと、そのあととで変わってくるんだと思うんですけど。そういうことをね、中国に行くとどうしてもね、いつも振り返ってしまうんですけど。でも、あの2000年前後のあの時期に中国というところに自分がいて、あの凄まじい成長を見れたことはね、僕の人生にとって非常に良いことだったなあなんて思いながら出張していたというね。中国へ行くといつもそんなことをね、毎年毎年思っているんだけども。それだけ自分の中で特別な国なのかなというふうには思うんですけども。
まあまあ、そんなかんやで最近、高市さんのあれで日中関係がまたちょっと不安な感じになっていますが、僕も何回かね、それを経験したのでね、いる間にね、怖い思いもしてね。タクシーの中でね、日本人ってバレちゃいけないから、日本人の社員としゃべるときに語尾に、「なんとか、なんとかだよね」とかってしゃべっていると、すぐ日本語、日本人かって言われてしまうので、韓国風にね、「なんとかハムニダ」とか、「いやー、ちょっとあそこまで行ってハムニダ」とか、「ここ行ったら、ちょっと今日の案件はこういうふうにしようねハムニダ」とかって、「ハムニダ、ハムニダ」ってずっと語尾につけて、韓国人風に思わせれば「日本人か」って言われないって。当時はデモとか暴動とかすごかったので、本当に日本人って思われたらまずい状況の地域のところに行ってたときとかもあったのでね、そんなことを思い出しながら、みんな仲良くできたらいいなと願っている今日この頃でございます。
今日は、すみません、私のくだらない中国出張のお話で時間をつぶしてしまいましたが、また皆さん、次回お会いいたしましょう。