東:こんにちは、ナビゲーターの東忠男です。
森辺:こんにちは、森辺一樹です。
東:では前回に引き続き、また大石先生をお迎えしているんですけど、森辺さん今回はどういうお話をされますか?
森辺:今回はですね、前回先生からスピード、現地適合化、チャネルというお話を伺ったんですが、中でもチャネルが非常に重要だなというふうに私自身も感じておりましてですね、今日は大石先生にこのチャネルに関して少しまた、深くお伺いしていければなというふうに思っております。では大石先生どうぞよろしくお願いします。
大石:はい、よろしくお願いいたします。
森辺:先生、前回の続きなんですが、このチャネルに関してもう少し深くですね、お話をしていければなというふうに思っているんですが、私自身も仕事でチャネルの構築の支援なんかをする中にですね、チャネルっていうのがやっぱり売り上げを現地で上げていくっていう中では一番重要だし、一番バリューポジションの高いものなんだなあというふうに感じることが多々あるんですが、そのへんはいかがでしょうか?
大石:そうですね。チャネルの場合には3つのステージで考えていったらいいと思うんですね。まずチャネルをつくるっていうところですね、ここが非常に手間がかかります。途上国の場合は。例えば僕の先輩が昔、ガラスメーカーにいて、インドネシアに赴任すると。何でですかって言ったらチャネルをつくりにいくんだと。で、向こうの華僑の人たちはお金を投資したがらないと。ジャカルタには支店があるんだけど、実は他の都市まで発展させたいと思うけども、チャネルにお金を華僑は投資をしないので、本社から自分が行ってやるんだと。つまりつくるのにすごい手間がかかるっていうのが第1のステージですね。で、第2のステージはそれを維持発展させるということですね。つくれば終わりっていうんではなくて、それをどのように実際にものを流して、代金回収するかっていうことが大切ですね。例えば、エースコック、味の素、マンダム、だいたいどこもやっているんですが、二人一組で営業チームを組んで、津々浦々を回るということをやっているわけですね。フマキラーなんかはインドネシアでジャカルタ以外の小さな外側の州からそれをずっと詰めていって、そしてジャカルタを攻めるという、そういうやり方で競争力を維持すると。これが第2ステージの課題です。これもまた時間と、かかるわけです。で、第3ステージは、それをやると、それだけ手間がかかっているので、最大の参入障壁になるってことなんですね。競争力っていうのは何かっていうと、模倣困難性です。差別化っていうことを一般にやりますが、差別化してもすぐに模倣されるのでは競争力にならないわけですね。製品も簡単に物まねされる、広告も物まねされる、価格も物まねされると。これでは競争力にならない。ところがチャネルは、分かっていても、ここは強いなと分かっていても手間がかかるもんだから簡単に参入できない。だからここが一番のポイントだっていうことになりますね。
森辺:結局その差別化に成功しても、すぐまねされてしまったらそれは一瞬の差別化で終わってしまうっていう、そういう話ですよね。対してチャネルというものは、つくるのは大変だと。でもつくるのは大変なんだけど一度作ってしまえば、なかなか他社がすぐに参入してくることはできないよと、そういうことですね。勉強になりますね。
大石:世界的にも、例えばコカ・コーラっていうのは、皆さん「コーク(Coke)」の名前も知っているわけですね。ところが考えてみたらコーラなんて、コーラの実っていうのがありますよね。ハワイの植物園にいっぱいなっていますが、あのエキスからつくるんだから誰でもつくれるわけですよ。実際日本でもたくさんのコーラが出たわけです。だけどなぜコカ・コーラが世界ナンバーワンになり、ナンバーワンのブランドなのか。結局ルートセールスというコカ・コーラのチャネルの作り方にあったわけですよね。それを世界的に展開したわけです。それがやっぱりコカ・コーラの今の強みの基礎になってるわけですよ。これはやっぱり永遠の課題だと僕は思っていますよ、チャネルは。
森辺:僕は仕事柄いろんな国に行くんですけどね、先生のお話にもあった通り、アジア新興国はMTよりもTTがまだまだやっぱり多いと。モダントレード、トラディショナルトレードの略ですけど、いわゆる伝統的小売というものと近代的小売と。で、アジア新興国は伝統的小売がまだまだ多いと。そんな中で伝統的小売っていわゆるパパママショップなわけですが、そのパパママショップってどんな僻地に行ってもコカ・コーラとスプライトは置いてあるんですね。ただ日本の飲み物がそこに置いてあるかっていうとなかなかそうじゃないし、これはチョコレートにしたってそうで、アメリカのチョコレートは置いてあって日本のチョコレートは置いてなかったりとかですね、ガムもそうなんですけども、日本のガムのほうが圧倒的に味は長持ちするし、かみ心地もいいし、口の中でどろどろ溶けないし、クオリティは最高にいいのに、やっぱりチャネルが弱くて届いていないみたいなですね、これはいつも海外に行くと残念だなあというふうに思ったりするって、そういうことですよね。
大石:例えばインドのユニリーバの子会社「ヒンドゥスタン・ユニリーバ」っていうのがあるんですね。それがシャクティプログラムという、一般にBOPビジネス、ベイス・オブ・ザ・ピラミッド、つまり最下層の人々を対象にしたビジネスということで有名なんですが、そのチャネルの作り方っていうのがすごく勉強になるわけです。貧しい農村に売るのに若い女性を販売員に仕立て上げて、その人たちが自分のローカルな村の人々に売るというやり方なんですね。彼女たちは今まで家庭の中に閉じ込められていたんだけどそこで現金収入も得るし女性の社会的地位も高まると。で、ユニリーバの石けんを売ることによって、実は下痢、疾患というものを防ぐことができると。家庭の健康も守れると。子供は教育機会をちゃんと確保できるし、大人は就業機会を確保できると。そうしてユニリーバも儲かるし、地域の健康も豊かになるし、女性の社会進出を支援するし、というかたちになっているわけです。これを今年ユニリーバはですね、出資比率を上げました。75%に上げましたので、ますますヒンドゥスタン・ユニリーバに力を入れるっていうことなんです。私が計算したらですね、ヒンドゥスタン・ユニリーバの利益率は本体のユニリーバより高いんです、営業利益率が。チャネルの強みっていうのがここに典型的に表れていますよと。
森辺:なるほど。ヒンドゥスタン・ユニリーバ、インドに行ったときにですね。インドはまだまだ貧困層も多い国なんですが、毎日我々のようにシャンプーをしないと。そんな中で私、いわゆるパパママショップにですね、昔日本でもビジネスホテルなんかに行くとあったんですけど、プチプチっとつながって切っていく一回使い切りのシャンプーが置いてあるわけですよね。
大石:はい、サシェですね。
森辺:ええ。あれを、どれぐらい前ですかね、6年、7年ぐらい前に見て、何でこんなところにこんなシャンプー置いてあるんだと。しかも最初私、お菓子かなんかかと思ったんですけど、まあどう見てもシャンプーなんですよね。結局彼らはものすごくだいぶ前からですね、ボトルでシャンプーを買うと、インドの人たちはいわゆる、1カ月先、2カ月先までのシャンプーを先買いしないといけないからキャッシュフローが、家庭で見ると、家庭のキャッシュフローが悪くなるんですよね。けれど、1回使い切りであれば、彼らの場合、例えば月に1回シャンプーをするとか2週間に1回シャンプーをするっていう話になるので、使いたいときに使いたいだけのシャンプーが手に入ると。それが最も彼らにとっては適していて、でもその習慣をずっとユニリーバがやっていくことによって、1カ月に1回しかシャンプーをしなかった人たちが、国がどんどん成長していくと、2週間に1回だ、1週間に1回だ、3日に1回だ、1日で、毎日でっていうふうになっていく。そのときにはやっぱりボトルシャンプーをどこの会社のを買うかっていったら、ヒンドゥスタン・ユニリーバのシャンプーを買うという、大変中長期の戦略的なチャネルの取り方だなあっていうのを感じたことがあったんですよね。
大石:そうですよね。これは欧米先進企業は非常にその点は、もう歴史が古いですから、50年、100年と途上国で仕事をしていますので、それをすごく熟知しているわけですよね。ユニリーバでさえ、これを作り上げるのにやっぱり数十年かかっているわけですよ、そこに行くまでは。でも日本企業は今からそれをやろうとしなくちゃいけないんですね。ただまあ、後発性の利益という概念があるんですが、あとから出てきたやつは先輩のまねができるので、それをうまく取り入れれば早く進化できるということがあるわけです。現在の韓国や新興国がそうやってきているように。だから日本企業もそれを本当に学んで、導入していけば、なかなかいい製品を持っているし、技術を持っているわけですからチャンスはあると。
森辺:そうですね、なるほど、なるほど。大変おもしろいお話ですよね。あの、シャンプーの続きなんですけどね、すいません長引いちゃって。もう1個おもしろかったのが、インドの女性って髪が皆さん長いんですよね。で、実はシャンプーの消費量も日本人の女性に比べて一・何倍か多いらしくてですね、ヒンドゥスタン・ユニリーバはより多くのシャンプーを使う市場になるだろうということを考えているみたいなんですよね。
大石:まあこれはね、途上国どこに行ってもそういった、シャンプーもそうですし、例えばコーヒーでもそうですし、いろんなものがサシェ、小袋で売られているんですね。それが10枚、20枚つづりでバーにかかっていて、お店の前はそれがいっぱいだと。だから今度はそこにどのようにパパママストア、地方のローカル店にそれをかけて、しかも目立つところに置いてもらって、店主がこれはいいよと売るかと。だからネスレのコーヒーもそうして売られているわけですよね。ここも勝負になるわけですよ。
森辺:そうですよね。この伝統的小売を押さえている流通構造って、私も過去にいろんな国で調べたことがあるんですけど、地域100ぐらいのパパママショップを牛耳っている卸問屋みたいなのがいて、で、またこの卸問屋を20、30束ねている商社のようなトレーディングカンパニーのような卸のような存在の人たちがいて、またそれをエリアで束ねているような、そんな構造になっていてですね、そこをやっぱり、しっかり押さえてたっていうのが欧米系の会社なんですよね。
大石:おっしゃる通りですね。まあ、きれい事だけでは済みませんからね。合理的な商売だけじゃなくて人間関係も含めて、そういう地方のボスというかキーパーソンをきっちり押さえていくと。だから押さえていくと、要は彼らだってある意味義理人情みたいなところがあるわけですよ。こいつのためだったら頑張って売ってやろうとかね。そうすると他のライバル企業が来ても、うちはここと取り引きしているから、お前のとことはやらないよって。これがまた、その強力な参入障壁になるわけですよね。これはね、特に途上国ビジネスにおいては決定的な差ですよね。
森辺:なるほどですね。やっぱりチャネルが最大の武器、最大の重要なポイントだというふうに言っても過言ではないかもしれないですね。
大石:日本企業は実際チャネルの強みというのは、僕は欧米企業よりもあると思っています、先進国は。例えばアメリカで自動車を売る場合に、販促しようとしたら、アメリカ企業やヨーロッパ企業はですね、消費者にダイレクトにお金をキャッシュバックするわけですね。1,000グループバックするとか。ところが日本企業はチャネルにインセンティブ与えて、この車をこれだけ売ったらあなたに2,000ドルやるよ、みたいな形で。で、チャネルのモチベーションを上げるということをやっている。これはトヨタさんなんかも典型なんですけどね。そういうところに非常に強みがあるわけです。ところが、途上国のチャネルの作り方、維持の仕方っていうのは、そのせっかく強いチャネルのやり方が実はあまり有効に働かないっていうか、それと切り換えた新しいイノベーション、チャネル・イノベーションをやらないと、勝てないわけです。ここのまた切り換えが必要になってくるわけですね。
森辺:なるほど、おもしろい話ですね。
大石:例えばちょうど小売でいうと、先月の三枝さんがもう1つ言われていたことが、彼は日本の中ではバイヤーとしては非常に名前の高い人だったと。で、このノウハウを持っていけば、中国で十分商売ができると、ある意味自信を持って行ったら、ことごとくそれが崩されたと。つまり彼の言葉を借りて言えば、何も役に立たなかったと、日本での経験が。でも僕はそんなことはないと思っているんですよ。やっぱりその小売業としての二十数年間の経験が血となり肉となり、やったんですが、でも実際、彼の意識の中ではもうゼロから作ったと、中国では。そう思っていると思うんですよ。それがイノベーションなんですよね。だから小売のシステムだとか、意思決定あるいはMD、マーチャンダイジングの、そこのイノベーションとかいうものよりも、そのマインドイノベーションをやってチャネルをゼロからまた考え直していくという、この発想はやはり非常に必要になってくるということですね。
森辺:海外展開って第二創業にすごく似ているなあっていう気持ちがあってですね、1回目の創業を日本での経験とするんであれば、それを持ったまま、いったんそこをゼロベースでリセットして第二創業をしていくと。ただその第二創業をしているときに、1回目の、もしくは日本での経験が役に立ってくると。それにすごく似ているなあっていうのはすごく支援をしていて感じますね。
大石:そうですね。先ほどのBOPビジネスという点では、北海学園大学の菅原(秀幸)先生というのがご専門なんですね。で、先週明治に来られて、ちょっとご相談があるというので来られて、ちゃんとした組織がないので、それを組織化したいと、BOPビジネスの。で、大石先生に代表になってくれという話で来られたんですが、そのあと名前を何と付けるかというときに、彼おもしろいんですね、BOPビジネスじゃなくてBOPイノベーションと付けたいと。イノベーションイニシアティブとかフォーラムとかですね、とにかくイノベーションを付けたいと。まさに第二創業なんですよ。僕もこれは大賛成で、新興国でやるマーケティング、新興国でやるビジネスっていうのは、このイノベーションでなければやっていけない、そして勝てないって強く思っているわけですね。だから本社の経営陣には、先進国マインドをいったん捨てて新しい目で、ゼロベースで考えていきましょうと。そうするとそこでやることっていうのは、マーケティングの4P全て含めて、イノベーションなんですよ。新規創業なんですよ。
森辺:ほんとそうで、私がアジアで売り上げを上げていくと、売りを作っていくというときに、第二創業、新規創業なので、今までって日本だとやっぱりルートがある程度あるし、市場も分かってるし、全てが可視化している市場があって、そこでビジネスをしていくんですけど、それが全くゼロになっていくときに、いったんマーケティングの基本プロセスに立ち返る。日本にいたらマクロ環境を調べたり、ミクロ環境みたいなSWOT分析なんて普通やらないんですよね。R、STPを真剣に考えるなんてこともやらないし、4Pを組み立てるなんていうこともしないわけですよね。そもそも事業計画なんていうものが、一般の人は触れないわけですよね、日本で働いていると。ただ、その事業計画とか事業戦略をゼロベースで考えていかないといけない、それがアジア新興国のビジネスだと思うので、マーケティングの基本プロセスに立ち返るっていうのは、今日本企業が本当に必要なことなんじゃないかなというふうに思ったりしています。
大石:そのときに一つ問題なのはですね、今言われた、いわば企画だ、戦略だというところなんですよ。日本の場合はどうしても現場主義なので、そういう経験を積んでいない人をいきなり海外に派遣するんですね。それで頑張ってこいと、死ぬ気でやってこいと、言うわけですよね。ところがそこに資源も与えなければ経験も与えてない。それから金銭的なサポート、人的サポートも弱いと。南極に置き去りにされたタロとジロじゃないですけども、そういう状況に置かれている現法の人が非常に多いわけですよ。やっぱりそこには事前のちゃんとした戦略や企画、あるいは人材育成のキャリアパス、そういうものがあって、また派遣したらそのあときちんとサポートするシステムがないと駄目なんだけど、一つの日本の問題は、何事もやってみないと分からない、現場で汗をかいてやれと、理屈じゃないんだと、こういうふうになっちゃうわけですね。これはね、私の友人の一橋大学の山下裕子先生が昨年本を出されて、その中で佐々木先生という方が、意思決定における定量的分析というのをやられているんですよ。その中で、現場主義で、現場で頑張るというやつと、事前に戦略を立てて、まあ当然現場でも頑張るというやつ。で、利益率がどうかっていうとやっぱり後者のほうが高い。
森辺:おもしろい本ですね。
大石:マーケティングのやっぱり戦略を立てて、そしてそれから出ていくということが日本企業はもっと必要でしょうっていうのが、そのメッセージなんですけど、僕はすごくそれは共感しますね。
森辺:分かりました。先生、そろそろお時間になりましたので、今回もこれくらいにしてまた次回よろしくお願いします。
大石:はい。よろしくお願いします。