コラム・対談 Columns
本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。
Vol. 69 近代小売(MT)との有利な交渉の進め方
著者:森辺 一樹
「売れる法則」を見つけることでコストとリスクを最小限にできる
アジア新興国の近代小売(MT)に自社商品を並べるためには、日本とは異なり、リスティング・フィーをはじめとする初期導入コストが必要です。また、商品は一旦買い取りにはなるものの、ある一定の比率で返品になるケースが多いことも特徴の1つです。近代小売との交渉をうまく進めることができなければ、それだけ自社のコストがかさむということを意識しなければなりません。ですから、複数の大手近代小売を一気に攻めるのはNGです。一気にやればそれだけコストがかかり、返品リスクも膨らむからです。コストやリスクを最小限に抑 えるために、近代小売を攻略する順番は、次のようなステップを踏むことをお勧めします。まずは自社商品に適した小売形態の攻略からスタートします。近代小売には大きく分けて、スーパーマーケット系、ドラッグストア系、コンビニエンスストア系がありますが、その中で自社の商品が最も適している小売形態の種別を選択します。日本ではどうなのか。他のアジア諸国ではどうなのか。現地競合はどうなのかなどを参考に、自社の商品に最も適した小売形態を選択します。
まずは「売れる法則」を見つけ出す
次に、その種別の中で、自社の商品が最も適している、または最も自社に協力的な近代小売チェーン店1社を選択します。そのチェーン店がその国の中で10,000店舗を展開していたとしても、すべての店舗に商品を並べるのではなく、1,000店舗ほどに絞ります。最初の一定期間はその1,000店舗だけで販売を行い、「売れる法則」を見出すことが先決です。なぜ10,000店舗を一気に攻めないかといえば、それだけ初期導入コストがかさみ、店頭プロモーションなどもおろそかになってしまうからです。
店舗数を欲張れば、リスティング・フィーを払った上に、半年間商品が動かなければ即、棚から撤去され、返品の山という悲惨なことにならないとも限りません。大手近代小売は、リスティング・フィーさえ払えば、店頭に商品を並べることは簡単です。難しいのは売ることなのです。ただ置いただけではまず積極的には売れていきません。品質がどれだけ良かろうが、見たことも、食べたことも、もしくは使ったことのないものは、そう簡単には手に取られません。ましてや、日本企業の商品は、ローカルや他の外資系メーカーと比較して高いことが多いのです。知名度が低く、値段の高いものを「品質が良い、日本で売れている」だけでは消費者は選びません。この消費者に対して、最初に選んだ小売業態の1,000店舗で、売れる法則を導き出さなければならないのです。置く場所を変えたら売れるのか。値段を変えたら売れるのか。売り子を置いて説明させたら、テイスティングさせたら売れるのか。どうしたら売れるのか。その答えを明確に持たずにストア・カバレッジを強引に伸ばしても、結局は消費者が買わずに半年 後には棚落ち返品となります。そして、一度売れずに棚落ちした商品の敗者復活戦はそれなりに苦労をしますし、あらゆる交渉事で優位に立つことは難しくなります。だからこその、最小限の規模で売れる法則を導き出すことが必要なのです。まずはこの1,000店舗でインストア・マーケットシェアを拡大することが大切です。1,000店舗で商品が売れれば、10,000店舗に拡大する時にリスティング・フィーを格安にするという交渉も可能になります。
商品が売れれば有利な交渉が可能に
この近代小売チェーン店全店舗に拡大した後に、全体で商品が売れているとなれば、他の小売店との商談が非常に楽になるというメリットがあります。コンビニエンスストアA社で売れているものは、B社も、C社も取り扱いたがります。コンビニで売れているモノは、コンビニ的商品棚を置くドラッグストアも扱いたがります。ここでも交渉力は優位に働きます。そして、コンビニエンスストアやドラッグストアで売れているモノは、スーパーマーケットでも、入り数や梱包形態を変えて売りたがります。ここでも小売との交渉力が優位に働きます。各種導入費用を割安で、もしくは無料で取り扱ってくれる、エンドコーナーや特設棚に置いてくれるなど、様々なメリットを得られるケースも少なくありません。 某菓子メーカーは、この方法で最小のコストで最大の効果を出しています。
結局、時間軸で見てもこの方法は展開スピードが速いのです。小さく始めることで初期コストを抑えて実績を出し、その実績をベースに次の初期コストも抑えて展開する。これをある程度スピーディーに繰り返すので、最初から全面展開して、失敗して敗者復活が厳しくなるリスクよりも断然に速いというわけです。 この菓子メーカーでは、この成功体験をケーススタディとして、すべてのアジア新興国にて同様の方法で売上を伸ばしつつあります。ここ数年は毎年140%以上の成長をしています。このように、どう進めるかによってリスクはある程度コントローラブルになります。また、やり方次第で投資コストも全然変わってくるのです。だからこそ、特定の小売業態の特定の店舗で自社商品の価値を証明することが大変重要なのです。これを面倒くさがり、一旦店舗に並んだ商品が半年に後に撤去となった例をいくつも見てきています。重要なのは、売れる法則を導き出すことです。一旦、法則が掴めたら、一気に投資額を増やし、ストア・カバレッジとインストア・マーケットシェアを伸ばすことが可能なのですから。