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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol.3 日本企業を蝕む「ガラパゴス病」にワクチンはあるのか

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

日本企業の治らないガラバゴス病

エクアドルより西に900キロ離れた海に浮かぶガラパゴス諸島。この島は過去に一度も大陸と接したことがないため、島全体の生態系が独自の進化を遂げています。ガラパゴスゾウガメ、ウミイグアナ、ガラパゴスペンギンなどはガラパゴス諸島でしか見ることのできない固有種です。しかしガラパゴス諸島は外来種や環境破壊により、世界一絶滅危惧種の多い島だとも言われています。
ニッチなニーズに対応するべく独自の進化を遂げた製品やサービスのことを、このようなガラパゴス諸島の生態系になぞらえて「ガラパゴス化」と呼びます。特に日本はガラパゴス化が顕著です。島国である日本は単一民族国家であり、他民族の歴史や文化の流入がほとんどありませんでした。そのため多くの日本人は似通った価値観や文化背景を持っていると言われています。このように典型的なハイコンテクスト文化であることが原因でガラパゴス化が起こりやすいのでしょう。世界のニーズに目を背け、日本人のニーズや嗜好に合わせて製品改良をし、一時、それが欧米を中心に世界でもてはやされた時代がありました。そうです、「Japan as No.1」と言われた時代です。その時代を未だに捨てきれないでいる。それがガラパゴス化の正体なのです。

ガラパゴス化には世界基準から外れているという特徴もあります。特に有名なのは二つ折りの携帯電話でしょう。ガラパゴス携帯、通称ガラケーと呼ばれ、ガラパゴス化を象徴する製品となっています。ガラケーはテレビの視聴ができたり、高画質のカメラやおサイフケータイとして使用できたりするなど、多くの機能を有していることが特徴でした。世界的にはその不必要なほどの多機能さが敬遠されましたが、日本国内では爆発的に普及しました。また当時のガラケーの通信形態にはPDC形式が採用されていました。しかし海外ではGSM方式が使われていたため相互に携帯電話の互換性がなく、日本の携帯電話は海外で使えませんでした。現在では4Gという標準化された国際規格が採用されており、国をまたいでも同じ携帯電話やスマートフォンを使うことが可能となっています。

車においても日本のガラパゴス化は顕著です。実は日本ほど4WD車の種類が豊富な国は珍しいといわれています。世界的には4WDは高価な車で、日本のように誰でも買えてどこにでもあるというわけではないのです。ではなぜ日本で4WD車をよく見かけるのかというと、地形の影響が大きいと考えられています。山や川が多く、夏は高温多湿なのに冬には積雪が見られるといった日本の気候において、4WD車は利便性の良い車だったのです。このような国内のニーズに応じて4WD車の開発に注力していったので、日本ではありとあらゆる車種が4WD仕様になっています。

ゲームにおいても欧米諸国はリアル志向で、日本はアニメ風のRPGがヒットする傾向にあります。しかしアメリカでは任天堂の制作したゲーム機であるニンテンドーDSが6000万台近くを売り上げましたし、Wiiも約4800万台売れています。アメリカ、カナダ、イギリスではゲーム機の売上ランキングの1位を任天堂が独占しているのです。ガラパゴス化も一概に悪いことだとは言い切れないのです。とはいえ、かつてゲーム大国と呼ばれた日本はeスポーツにおいて遅れを取っていますから、今後の成り行きではガラパゴス化する可能性も否めません。今後の挽回が期待されます。

「使えればいい」という消費者をつかむ中国企業

日本企業の世界競争力低下には二つの外部要因があると申し上げました。皆さんもお察しになっているかと思いますが一つは中国の台頭です。そしてもう一つは変わらぬアメリカの強さです。

さて、このようなガラパゴス化を経た日本企業は「品質」と「機能」に絶大な信頼を寄せています。いずれの産業、いずれのインダストリーにおいても日本企業は10の機能を詰め込んだ高品質な製品を100ドルで売るということを繰り返してきました。市場から「高い」と不満の声が上がれば「では12の機能をさらに詰めた製品を100ドルで提供しますので買ってください」という具合です。しかし品質と機能はすでに価値の決め手にはなっていないのです。それを知らずに、もしくは知ろうとせずにグローバル市場に打って出て失敗している企業は星の数ほど存在します。

ではグローバル市場で成功するためにはどうすればよいのでしょうか。中国や韓国の企業は、6程度しか機能のない製品を70ドルで売るという商売をしています。中国家電メーカーの最大手であるハイアールの冷蔵庫の売れ筋の一つは、冷蔵と冷凍だけというシンプルな造作が特徴です。チルドルーム、急速冷凍、自動製氷機などは付いておらず、外見にも無駄な装飾はありません。最低限の機能さえあれば十分だと考える低所得者のニーズを満たしているため、製品は次から次へと売れています。
中国大手Huaweiのスマートフォンはメモリが4GB程度しかありません。画面は大きくても解像度は低めです。その分価格も抑えられているため、電話とメールとインターネットが少しできればいいという人には最適な作りとなっています。物足りないという人には高スペックのスマートフォンも用意されているので、自分に合ったスマートフォンを選ぶことができます。
このように中国や韓国の企業はシンプル・イズ・ベストとも呼べる戦略の元、グローバル市場の大多数である新興国の中間層を席巻してしまいました。

高価な製品の先にある、消費者が本当に求めているもの

欧米の先進的グローバル企業は、7の機能しか付いていない製品を150ドルで売ることができます。これはなぜなのかというと、ブランド力があるからです。掃除機で有名なダイソンは吸引力というわかりやすいキーワードで魅力をアピールし、「ただ一つの」、「唯一の」といったパワーワードを使うことにより消費者を惹きつけています。そして製品に奇抜なデザインを起用することにより、「見たことのないデザインだから技術力も優れているのだろう」という消費者のイメージを喚起します。このようなブランドマーケティングにより、ダイソンの掃除機は高いシェアを獲得しています。
欧米の先進的グローバル企業の代名詞的存在といえば、Appleです。Appleが開発した携帯型音楽プレーヤーであるiPodは世界じゅうで4億台以上を売り上げています。大きくて重たいiPodがなぜここまで売上を伸ばすことができたのか。その背景にあるのも、Appleのブランド力です。AppleはiPodと一緒にiTunesを提供することにより、音楽の一本化に成功しました。購入したCDやデジタルミュージックは、iTunesを経てiPodへと転送されます。ほかのソフトウェアのインストールはありません。その点が使いやすいと消費者に高く評価され、iPodは多くの愛好者を生んだのです。一方SONYのウォークマンは歴史も古く、そのコンパクトさが評価されていました。技術者たちはハードウェアの改良に心血を注ぎ、ウォークマンはどんどん小型化されて音質も向上していきました。しかしユーザビリティを置き去りにしてしまったため、使いやすいiPodのほうに消費者が流れていってしまったのです。

またダイソン、Appleともに直営店のスタッフ教育に余念がありません。直営的に行けば専門的な知識を持ったスタッフが居て、こちらの困りごとに的確なアドバイスをしてくれます。スタッフが物を売ろうとするのではなく、こちらの話を聞いて寄り添ってくれる。多くの消費者はそこに価値を見出し、Appleやダイソンの製品を購入するのです。
このように欧米の先進的なグローバル企業は、技術の力をユーザビリティやIoTにつぎ込んでいます。技術を使ってユーザーの生活を向上させることにフォーカスしているため、消費者目線での開発に成功できたのでしょう。

ガラパゴス化からの脱却が日本企業の未来を作る

もしも世界的に見て高品質、高機能の製品が価値あるものだと認められていたならば、今ごろ世界じゅうのどの家庭にも日本製品が溢れかえっているはずです。しかし現実はそうではありません。そんな時代は、90年代に終わりを遂げているのです。

今後の人口減少により、日本市場は縮小していくことが予想されています。そうなると日本企業は巨大な市場を求め、中国や東南アジア、インドへ進出していく必要に迫られるでしょう。しかし日本企業は、そのようなグローバル市場での戦い方を誤解している面が見受けられます。中国や韓国企業、そして欧米企業はすでに他社とそう大きくは変わらなくなった品質と機能には、購買を決定付ける価値がないことを理解しており、それを踏まえたうえで戦略を練っています。低価格で、壊れたらすぐに買い換えられるというメリットを持つ中国製品。ブランドという強みがあり、高価格でも愛されている欧米製品。では日本製品の魅力とはなんなのでしょうか?

iPodとウォークマンの事例からも分かるように、技術力をどこに使うのかによって出来上がる製品は変わってきます。SONYは音質やノイズキャンセリング機能の向上など、ハードの部分に注力してきました。Appleはソフトウェアと使いやすさにこだわり、そこに技術力を集中させました。適切なところに技術力を使うことができれば、日本製でも他国に負けない製品を生み出すことができるはずです。Appleの新製品が発売されれば、Appleストアには行列ができます。中には徹夜をして並ぶ人まで居るのです。しかしSONYの新製品が発売されても、誰も列には並びません。この違いがどうして生まれるのか、今一度考え直す必要がありそうです。

日本企業がアジア新興国市場に打って出るにあたり、全世界の企業との競争に勝つ必要が出てきます。日本企業は長年「中国製品は安いから売れて困る」と言い続けてきました。しかし高価なiPhoneやダイソンの掃除機がヒットしている現在では、その言い訳はもう通用しません。今後は世界で何が求められているのかを考え、視野を広く持って戦略を練り直す必要があるのです。これからの日本企業の挽回に大いに期待しています。