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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol.9 アジア新興国市場 – 欧米先進グローバル企業のKSF(主要成功要因)

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

「スピード」が重要な本当の理由

欧米の先進的なグローバル企業がアジア新興国において成功を収めている裏側には、3つのキー・サクセス・ファクター(KSF)の存在があります。この3つのKSF(主要成功要因)に支えられ、欧米の先進グローバル企業はアジア新興国市場で高いマーケットシェアを獲得することができているのです。今回は、この3つのKSFについてお話をしていきたいと思います。

まず一つ目は、新興国に対する取り組み開始の時期が早かったということです。欧米の先進的なグローバル企業は、日本企業と比較して、15年〜20年は早かったと言っても過言ではありません。彼らは、早いからこそ先駆者メリットを得られ、当該市場においてのデファクトスタンダードとなり、一旦デファクトスタンダードになると、その牙城はなかなか崩れません。その後は、掛け算で売上やシェアが上がっていきます。これは決してASEANに限った話ではなく、インドでも、アフリカでも同様に展開時期が早く、日本企業のスピード感とは全くもって次元が別ものなのです。

ただ、この「早い」という事実は、然程目新しくもなく、なんとなく想像がつきそうなものです。私たちの多くは、欧米企業は決断が早く、日本企業は決断が遅いというイメージを持っているのではないでしょうか?重要なのは、「なぜ、彼らは早いのか?」。もっと言うと「なぜ、早期の判断ができるのか?」ということです。欧米の先進的なグローバル企業は、日本企業とはそもそも新興国に展開する上での前提条件が180度異なるのです。彼らが日本企業より早く決断できる理由は、彼らは新興国市場に成功をしに行っているのではなく、失敗をしに行っているからなのです。未開の新興国に進出していきなり成功するなどあり得ないということをロジカルに理解しているのです。だかこそ、誰よりも早くその地に進出し、誰よりも早く失敗をして、誰よりも早く学ぶことで、結果的に誰よりも早く成功を収めようとしているのです。日本企業のように、本社にはたいした戦略はないが、現地に箱(法人)を作り、とにかく兵隊(駐在員)を送り込み、使える金は少ないが気合と根性で何とかしろで激励し、数年やらせてダメなら日本に戻して入れ替えの繰り返しでは、ノウハウの蓄積量と質、そしてなにより成功するまでのスピードが全く異なってしまいます。

また誤解してはいけないのは、欧米の先進的なグローバル企業はただ闇雲に失敗をしに行っているわけではありません。彼らは必ず仮説を持って行動します。仮説というのは、持っている情報の質と分析力でその精度が格段に変わります。彼らは相当程度に角度の高い仮説を必ず持って新興国に展開します。そして、彼らの言う失敗とは、仮説とのズレであり、そのズレを繰り返し修正していくことが最終的な成功に繋がるのです。

優れた「ターゲティング」と「4P」

二つ目のKSFは、B2BにおいてもB2Cにおいても市場を最大化させるための明確なターゲティングができているということです。欧米の先進的グローバル企業は、B2Bでは自国の企業に偏ることなく海外企業とも取引を行っています。特に、日本のB2B企業は、海外に展開してもその顧客の殆どが現地の日系企業であるケースが少なくありません。しかし欧米の先進的なグローバル企業は、顧客の国籍よりも、顧客の重要度、つまりはどれだけ自分たちに貢献しうるポテンシャルがある顧客なのかでターゲティングしています。従って、企業の出身国で顧客を分けるということはありません。

またB2Cに関しては、アジア新興国の最大の魅力である中間層を絶対的なターゲットとして定めています。アジア新興国の最大の魅力は30億人の中間層です。そして、B2Cメーカーの多くは、顧客数がビジネスのキーとなるため、最も数の多いボリュームゾーン、つまりは中間層を狙わなければ事業は大きく跳ねないのです。特に、FMCG(Fast Moving Consumer Goods – 食品、飲料、菓子、日用品などの消費財)などの消費財メーカーは、より沢山の人に、より早い頻度で、より繰り返し買い続けてもらうことが重要になります。だからこそ瑞ネスレ や英蘭ユニリーバ、米P&Gなどの欧米の先進グローバル企業は新興国で絶対にターゲットを中間層がブレさせないのです。日本企業のように新興国に展開してまで「自分たちの商品はプレミアムだからまずは富裕層から始めよう」などということはしません。プレミアム感を保ったまま中間層をターゲットにします。従って、中間層を無視した4P(Product、Price、Place、Promotion)を展開することもありません。中間層というターゲットに対して、中間層が求める商品(Product)を、中間層が賄える価格(Price)で、中間層が買いやすい売り場に並べ(Place)、中間層が手に取りたくなる仕掛けを作る(Promotion)こそが重要だということを確りと理解しているのです。新興国戦略において、ターゲティングと4Pは最も重要なマーケティングのフレームワークです。4Pありきのターゲットではなく、ターゲットのための4Pでなければなりません。また、ターゲティングを間違えれば、4Pは無駄になってしまいます。欧米の先進的なグローバル企業は、このターゲティングと4Pが日本企業とは比べものにならないぐらいに優れているのです。

ターゲットに確実にリーチしている販売チャネル

そして三つ目は、パフォーマンスを最大化させるための戦略的なチャネルの構築です。日本企業の多くは、然程たいした理由なきまま1カ国1ディストリビューター制を敷き、シェアは愚かなかなか想定通りに売上が伸びないというケースは少なくありません。なぜなら、その1社では到達したい顧客、もしくは到達すべき顧客に到達しきっていないからです。しかし、その到達しきっていないという事実すらも明確に分かっていない企業も少なくありません。またディストリビューターの選定方法も意外にアバウトなのです。なんとなく大手だからそこにしたとか、大手他社が使っているから安心でそこにしたなど、ディストリビューターの選定理由が明確ではありません。本来であれば、ディストリビューターは、スキルセットとマインドセットから判断しなくてはなりません。そして、ディストリビューターの管理育成などは皆無です。基本的には、販売はお任せ状態で、たまたま選んだディストリビューターがよければラッキーだし、悪ければ只管言い訳を並べられるが、それに応酬するほど現地のことも理解していないため基本的には売れようが売れまいがディストリビューターの言いなりにならざるえない状態です。つまりは、そもそもの販売チャネルストラクチャーの全体像が描けておらず、ディストリビューターの選定基準も不明確で、そのディストリビューターの管理育成は皆無というのが実態なのです。なぜこうなったのか、また別の機会に詳しく書きますが、かつては製品優位性が圧倒的だったのでそれでも良かったのです。日本企業しか作れませんからそれでも売れたのです。しかし、今は違います。中国を始めアジアの企業でも作れるようになってしまいました。

一方で、欧米の先進的なグローバル企業は、ターゲットが明確なので、そのターゲットの獲得確率に応じて必要な販売チャネルストラクチャーを組み立てます。従って、1カ国1ディストリビューターなどといったケースは稀です。そしてそのストラクチャーの中で動くディストリビューターの選定には明確な基準があり、目利きをするノウハウも持ち合わせているのでポテンシャルの多いディストリビューターを活用しているケースが殆どです。更には、それらディストリビューターの管理育成に至っては、明確なKPIと育成プログラムが存在しディストリビューター任せどころか、基本的には自分たちで全てを把握しディストリビューターを動かすというスタンスです。ディストリビューターもその管理育成ノウハウには一目おいているので抵抗はなく、むしろその欧米の先進グローバル企業の製品を取り扱っていることを誇りに思っているぐらいです。彼らと日本企業の販売チャネルにはこれだけ大きな差があるのです。

日本企業は、自身の販売チャネルの客観的診断が急務

早い決断力、明確なターゲティング、戦略的なチャネル構築。この3つが合わさった結果、欧米の先進的グローバル企業はアジア新興国で高いシェアを獲得できています。日本企業の多くは、この3つのKSFの内、何がどのレベルでできているのかいないのかを客観的に診断し、必要な改善箇所を具体的にしていくことが急務です。良いモノを作っているだけに、これらマーケティングの川下部分を強化するだけで、グローバル市場において更にシェアを伸ばしていくことができるはずです。繰り返しになりますが、今、日本企業に必要なのは自身の販売チャネルの客観的な診断です。これからの日本企業に大いに期待しています。