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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol.8 アジア新興国市場 – 中間層をターゲットにすべき理由

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

アジア新興国の最大の魅力は30億人の中間層

ここ20年余りで、非常に多くの消費財メーカーがアジア新興国に進出を果たしました。しかしその中でターゲティングを正確に行えている企業はほんのわずかしかありません。殆どの企業は、頭では中間層こそが重要なターゲットであると理解しながらも、実際のビジネスでは中間層を狙えずに苦しんでいます。そもそも日本の消費財メーカーは海外展開において欧米の先進的なグローバル企業に遅れを取っているのです。米P&G、瑞ネスレ、蘭英ユニリーバといった欧米の先進的なグローバル企業は80年代から中国やインド、そしてASEANなどのアジア新興国に進出し、徹底した中間層をターゲットとしたマーケティングで高いシェアを獲得しています。アジア新興国の中間層は現在15億人ほどですが、2030年には倍の30億人ほどに増えるといわれています。EUの試算では、2030年までには世界の人口の過半数が中間層となると予想されています。今後益々消費の中心となるのは中間層です。特にターゲットの数が重要になる食品や飲料、菓子、日用品(FMCG – Fast Moving Consumer Goods)等の消費財メーカーにとって中間層の獲得は必須です。単価が安い分、数の多い中間層に支持されなければシェアは上がりません。いかに多くの消費者に、いかに早い頻度で、いかに繰り返し買い続けてもらえるかが最も重要なのです。

多くの人に、早い頻度で、繰り返し買い続けてもらうために

1957年、花王はタイ、シンガポール、台湾などのアジア諸国に向けてシャンプーを輸出し始めました。当時はアジア諸国にちゃんとしたシャンプーが販売されておらず、価格もなんとか手を出せたので、一定の層を対象にヒットしました。その後、花王はタイの会社と合併してタイ花王株式会社(現:花王タイランド)を設立し、本格的にタイ市場へ進出を始めます。しかしなかなか販売網が広がらず、苦戦を強いられました。当時は、まだまだまともなディストリビューターが居なかったのです。そこで花王は販売車で小売店を回り、商品と現金を直接交換するという直販の形に業態を変化させました。こうして少しずつ販売網が拡大し、知名度がアップしていった結果、花王はタイ各地に最大で18カ所の営業所を設けることに成功します。そしてその営業所から各小売店へ定期的な巡回を行うことにより、安定した供給を確立させました。

その後はタイに台頭し始めた百貨店やスーパーなどとも直接取引を開始します。今でも花王の洗濯洗剤「アタック」はタイの首都、バンコクの人々に愛されています。しかし高級路線の商品である「アタック」が売れただけでは、花王は満足しませんでした。洗濯機を所有していない中低所得者にも花王の商品を手に取ってもらうため、手洗い用洗濯洗剤「アタック・イージー」の開発・販売に着手しました。その戦略が功を奏し、中低所得者にも花王の存在が知れ渡ることとなったのです。洗濯機の普及率が低ければ、いくら洗濯機用の洗濯洗剤を売っても絶対数には限りがあります。しかし、手洗い用の洗濯洗剤も合わせて投入すれば洗濯機を持たない中間層にまで確りと届くというわけです。今でこそ、タイの洗濯機普及率は向上しましたが、当時はまだまだ低かったのです。

この手洗い用洗濯洗剤の投入にはもう一つ大きな意義がありました。それは、手洗い用洗濯洗剤を使っていた層が、将来、洗濯機を購入できるぐらいに所得が上がった時、手洗いの時に使っていた同じブランドの洗剤を使う確率は非常に高いということです。そういった意味でも手洗い用洗濯洗剤の市場を抑えることは非常に重要だったのです。

同様にインドネシアでも手洗い用の洗濯洗剤「アタックJaz1」を販売しています。「アタックJaz1」はインドネシアの硬い水でも汚れがよく落ちるように開発された手洗い用洗濯洗剤です。これはTT(伝統小売)とMT(近代小売)の関係にも似ています。市場の約8割がTTのVIP(ベトナム、インドネシア、フィリピン)などの市場で、消費者は将来、市場が近代化されてもTTで買っていたものを引き続きMTでも買うということと同じです。このようなアジア新興国での地道な努力が実を結び、花王の洗濯洗剤は、今では安定的に売上を伸ばしているのです。

中間層に日本企業が入り込むためには

多くの日本の消費財メーカーは、アジア新興国市場に於いて中間層が大事だと頭では理解しながらも、ターゲットがどうしても富裕層に引っ張られてしまっています。本気で中間層のど真ん中をターゲットして戦えている企業は数える程しかありません。なぜそうなるのかと言うと、日本の消費財メーカーが本気でアジア新興国市場の中間層を狙うとなると、今まで国内でやってきた多くのことを変えなければならなくなるからです。その対応に本腰が上がらないのです。

例えば、マーケティング。・ミックス(4P)で考えてみても、まず最初のPとなるProduct(プロダクト)に関しては、日本で売れた商品ではなく、現地の中間層が求める商品でなければなりません。原材料や内容量、パッケージ、場合によっては商品そのものものをゼロベースで作る必要も出てきます。これら商品の現地適合化は大変な作業です。Price(プライス)に関しても、現地の中間層が賄える価格でなければなりません。安くしろとは言っていません。1円でも高く売るべきです。しかし、一食が数百円で食べられる市場で、数百円のお菓子は買う人が限られます。FMCGは、一回、二回買えても意味がないのです。彼らの月収で賄える価格にしなければ継続的な購入はされないのです。継続的に購入されないFMCGは存続できません。そして、流通となるPlace(プレイス)に関しても、現地の中間層が買いやすい売り場に並べなければなりません。つまりは、近代小売(MT)だけでなく、如何にして伝統小売(TT)に並べるかを実現する強固なディストリビューション・チャネルが必要になるのです。アジア新興国には、金額ベースで市場の8割程度がまだ伝統小売の市場も多く存在します。そもそも限られた店舗数しかなく、高いリスティングフィーなどの導入費がかかる近代小売だけで売っていては永遠に儲からないのです。そして最後がPromotion(プロモーション)です。現地の中間層が選びたくなるような仕掛けをしなければなりません。小売に並べるのはチャネルの力ですが、それを消費者に選ばせるのはプロショーンの力です。小売に並ぶということは、同時に競合の商品と隣り合わせに置かれるということです。消費者にいかに他社の商品よりも高い頻度で選んで貰えるかの仕掛けがプロモーションなのです。そして何をトリガーに商品を選ぶのかは日本人とは大きくことなります。これを踏まえ効果的なプロモーションを考えなければなりません。

しかし、残念なことに多くの日本企業は、Product:自分たちの売りやすい商品を(できれば日本のままで然程変えずに)、Price:自分たちの売りたい価格で(アジア新興国なので多少は安くするけど、自分たちは日本企業で高い原材料と高い品質で作ったプレミアムな商品だからそれなりの価格で)、Place:自分たちの売りやすい場所で(伝統小売の重要性は理解するけど、チャネル作りが大変だし、プレミアムな自分たちはまずは近代小売から)、Promotion:できればあまりプロモーションコストはかけずに(売れるまではあまりプロモーションのコストはかけずに)の状態になっているのです。結果、中間層に設定したはずのターゲットが結局は上振れしてしまい、数の限られた富裕層や外国人が中心に、酷い企業では駐在員が中心になってしまっているのです。単価の高い高級化粧品を売るなら理解できますが、単価の安いFMCGを売るのに数の少ない富裕層がターゲットになるのは愚策以外のなにものでもありません。
こうして進出したのは良いが、何年経ってもなかなかシェアが上がらない日本の消費財メーカーは少なくないのです。やはり重要なのは繰り返しになりますが、ターゲットを中間層から絶対にブレさせないということです。そして、中間層のための商品を、中間層が賄える価格で、中間層が買いやすい売り場に並べ、中間層が選びたくなる仕掛けをすることなのです。

拡大するアジアの中間層と減少する日本の総人口

現在、アジア新興国の中間層はおよそ15億人。この15億人は、いつまでも中間層にとどまっているわけではありません。これから数千万人規模の中間層が、富裕層へとシフトしていくことが予想されています。そしてこの15億人の中間層は、2030年度ベースで30億人にまで拡大すると予測されています。日本は少子高齢化、人口減少の真っ只中です。2019年度の我が国の出生率はついに90万人を大きく割り込み86.4万人となりました。そして出生数が死亡数を下回る人口の自然減も51.2万人と初めて50万人を超えました。これからの時代、いくら日本国内では大手でも、世界の中間層、アジア新興国の中間層を獲得できなければ、世界では中小企業に成り下がってしまいます。本当のグローバル競争はすぐそこまで来ているのです。今後の日本の消費財メーカーの躍進に大いに期待したく思います。