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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol.7 アジア新興国戦略 – 日本人よ、もっと“テキトー”であれ

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

出遅れたアジア新興国市場

日本の消費財メーカーが中国やASEANをマーケットとして捉え始めたのは2000年代前半だと言われています。一方、(蘭英)ユニリーバや(米)P&G、(瑞)ネスレなどの欧米の先進的なグローバル消費財メーカーは早くからアジア圏の巨大マーケットの存在に気づき、1980年代の半ばには本格的に販売網の構築に力を入れていました。その結果、彼らはアジア圏で先駆者利益を得て大きな成功を収めています。現在、日本の消費財メーカーもその後を追随しようと躍起になっていますが、一部の企業を除きなかなか成功事例が生み出せていないのが現実です。日本の消費財メーカーと欧米の先進的なグローバル消費財メーカーでは、根本的に何が異なるのでしょうか?今回は、その真相に迫っていきたいと思います。

ASEAN企業から「NATO」と揶揄される日本企業

日本の消費財メーカーが中国やASEANをマーケットとして捉え始めたのは2000年代前半だと言われています。一方、(蘭英)ユニリーバや(米)P&G、(瑞)ネスレなどの欧米の先進的なグローバル消費財メーカーは早くからアジア圏の巨大マーケットの存在に気づき、1980年代の半ばには本格的に販売網の構築に力を入れていました。その結果、彼らはアジア圏で先駆者利益を得て大きな成功を収めています。現在、日本の消費財メーカーもその後を追随しようと躍起になっていますが、一部の企業を除きなかなか成功事例が生み出せていないのが現実です。日本の消費財メーカーと欧米の先進的なグローバル消費財メーカーでは、根本的に何が異なるのでしょうか?今回は、その真相に迫っていきたいと思います。

20年、30年前、日本企業が中国やASEANに視察に行くと、飛行機を降りた瞬間からVIP待遇のお迎えで、現地企業は勿論、地元政府も一緒になって大歓迎してくれました。しかし今ではその状況は一変してしまいました。「いったい何をしに来るのか?」「来る目的はなんなのか?」と、行く前からあまり好意的でないケースが多々みられます。その原因は一重に、日本企業は最早、彼らにとって「NATO」な存在でしかなくなってしまったからです。

-NATOとは何なのか?

中国の深センは、暫く前からシリコンバレーに並ぶほどのITの聖地となっています。ファーウェイ(Huawei)やテンセント(Tencent)などの中国系IT企業だけでなく、米マイクロソフトの研究開発拠点があったりと、国内外のITベンチャー企業が続々と誕生したりするなど、その勢いはとどまるところを知りません。日本企業も深センITツアーと銘打って現地を訪れますが、その多くは具体的に何か一緒に事業をしようというわけでも、投資をするわけでもありません。ひたすら見て聞いて、予想以上に進んでいる実態に大きく驚き帰っていくだけです。これが正に、「No Action Talk Only」、通称「NATO」と呼ばれる由来です。「NATO」事態は、元々はASEANで言われていた表現ですが、中国でもその他の国でも似たようなことを言われています。日本企業は、見たり聞いたりが長く、ビジネスを具体的に進めるのに時間がかかり、なかなか何も決められないといった姿勢が長くに渡り浸透し、今では「会っても意味がないから来ないでほしい」と言われるまでになってしまったのです。日本とアジア新興国の経済格差が歴然であった時代はNATOでも相手は我慢ができたのですが、豊になった中国やASEAN市場では、もう昔程の我慢強さは残っていません。成長意欲が高く、猛烈なスピードで走り続ける彼らには、NATOな人や企業に費やす時間などないのです。

欧米メジャーだから成功するのではなく、失敗を受け入れるから成功をする

一般的に言われるのは、何事においても欧米企業は決断が早く、日本企業は決断が遅いというのがありますが、同じ人間が経営する企業なのにどうしてここまで決断のスピードに違いがでるのでしょうか。勿論、欧米企業の全てが決断が早いわけでもありませんし、欧米を一纏めにしていることも正しくはありません。しかし総じて、アジア新興国展開においては、日本企業より欧米企業の方があらゆるシーンで決断が早いのは事実だと思います。それはいったいなぜなのでしょうか?

答えは、「失敗」に対する考え方が大きく異なっているからです。私は法政大学の大学院で特任講師をしているのですが、MBAでの講義を覗いてみると、日本人と欧米人の「失敗」に対する考え方の違いが明白に分かります。日本人の学生は100%正解を答えられるときでないとほぼ手を挙げません。間違えることを恐れているのです。対して欧米の学生は、何かを尋ねられればすぐに手を挙げます。その答えの正解に自信があろうがなかろうがおかまいなしに手を挙げます。間違っていると指摘されても、彼らは全く気にせずに自分の間違いを受け入れ学ぶだけです。そこには良いも悪いもありません。重要なのは正解を言うことでも、間違いを言うことでもなく、手を上げて発言し授業に参加し学ぶことだと考えているのです。また様々な会議に目を向けてみても、日本人は正しい意見を言わなければという気持ちが強いばかりに黙り込んでしまうというシーンは珍しくありません。

日本の消費財メーカーがアジア新興国市場でなかなか成功できない理由は、こういった「失敗」に対する根本的な考え方にあるのだと思います。つまりは、私たちの社会には、人も組織も失敗を恐れるがあまり行動し難い環境が常に付き纏ってしまっているのです。言葉では失敗は成功の源と言っても、実際の組織では失敗はポジティブ以上にネガティブと捉えられるケースの方が圧倒的です。事実、失敗をしてきて人間よりも、失敗をしてこなかった人間が好んで選ばれる傾向があります。そんな環境下で、現地に送り込まれた駐在員は、そもそもたいした武器を持たされていないにも関わらず必死に失敗しないように頑張るわけです。この「失敗しない様に頑張る」という行為が、結局は何の学びもないまま時間だけがただ過ぎて、大きな失敗もなければ成果もない現地ビジネスに甘んずる結果となっているのです。

一方、欧米の先進的なグローバル企業は失敗するために駐在員を送り込んでいます。欧米の企業が最も価値を置いているのは、「誰よりも早く現地へ進出し、誰よりも早く失敗し、誰よりも早くそこから学び取る」ということです。未開の地に初めて行って事業を行うわけですから、成功しようなどとは端から思っていないのです。勿論、無策で行ってただ失敗するわけではありません。事前に専門家と共に綿密な市場調査を実施し、確度の高い仮説を立てます。そしてその仮設を持って現地に赴き実際に検証します。その検証の段階の失敗、つまりは仮説と異なる結果に学びがあるわけです。異なる結果が出れば、その仮説を修正し、それをまた試します。その仮説検証サイクルを繰り返すことが成功するための最も早い手段なのです。そのことを欧米の先進的なグローバル企業は分かっているのです。だからこそ早期に出るという決断ができるし、事前の調査を経た仮説作りが非常に重要であり、そこに大きな予算も割くことができるのです。
以前の欧米企業は株主資本主義がとても強く、株主のために早期に結果を出すことを重視していました。進出も早ければ撤退も早いというイメージです。しかし最近の欧米企業ではその傾向が薄れています。特に新興国に関しては、じっくりと腰を据えて事業を作り、長期的に投資をする企業が目立ちます。新興国市場で成果を上げるには、それなりの投資が必要だということを理解しているのです。

「理解」と「整理」と「確認」に時間をかけ過ぎる日本企業

とにかく日本人や日本企業は、新たなことをする際に、ものごとを「理解すること」と、「整理すること」、そして「確認すること」に時間をかけ過ぎます。外国人を十把一絡げにするのはどうかとは思いますが、それでも少なからず日本人よりもこの「理解」と「整理」と「確認」に無駄に時間をかけたりはしません。これは皆さんにお伝えするのが非常に難しいのですが、そもそも彼らは、理解や整理や確認にそんなにも時間をかけるといった感覚を持ち合わせていないのです。これらに費やす常識的な時間感覚が日本人とは大きく異なるのです。「確認」一つとっても、私たち日本人は小さい頃から家庭や組織や社会のあらゆるシーンで、どんなに小さなことでも、確認の確認の確認をさせられ育ってきましたが、外国ではそんなことはありません。そこまで確認をするのは人命に関わることぐらいです。なぜなのでしょうか?それは失敗がそこまで悪だと思っていないからです。つまりは、失敗は起こり得る現象だということを個も、組織も社会も初めから受け入れているのです。従って、失敗をしたくないから進まないであったり、失敗を恐れて進みが遅くなるという感覚は非常に薄いのです。失敗を恐れるなら、事前に徹底的に調べて、リスク分析を行い、仮説を持って実行する。そうすれば、その仮説とのズレ、つまりは失敗が学びになり、その仮説検証を誰よりも早く多く繰り返せば、誰よりも早く多く成功できると理解しているわけです。彼らの感覚で言うと、進まないことの方が不自然なことであり怖いことなのです。

日本人からみると深く考えてるようには見えずに即行動する外国人は適当な人たちと映るかもしれませんが、彼らに言わせると決してそうでなないのです。そもそも日本人ほど理解と整理と確認に時間をかける感覚を持ち合わせてないのですから、良いと思ったらさっと理解し、整理し、確認したら即行動となるわけです。それが我々日本人から見ると深く考えずに行動しているように見えるのです。逆に彼らが日本人を見れば、遅い人たち、決められない人たちと映るわけですが、我々日本人に言わせれば、失敗しないために念には念を入れて確認しているんだとなるわけです。

感覚を大きく変えなければグローバル市場での成功はない

しかし、残念ながらグローバル市場の大半の人たちは、ここでいう外国人の感覚で仕事をしており、日本人の感覚に近しい人達はマイノリティーです。そしてまた、グローバル市場は、そのマジョリティーの人たちが、彼らのやり方で日々、猛烈なスピードでビジネスを推進しています。かつて、日本のモノづくりが圧倒的な優位性を誇っていた時代、この日本人特有の「理解」と「整理」と「確認」は、不良品を出さないことに繋がったり、製品の高い品質や機能性に繋がりました。しかし、今はもうそんな時代ではありません。不良率よりも、即座に修理、交換できるサポート体制や、ハードの過剰な品質や機能よりも、ソフトのユーザビリティーが求められる時代です。であるならば、我々もこの感覚を変えなければならないのです。失敗を悪とする商習慣を捨て、確りとした仮説があるならば、まずはやってみて検証する。失敗を恐れて動けない、失敗をしない範囲でしか動かない、これではこれから益々激化するグローバル競争には勝ち残れないのです。真面目で勤勉な日本人が、理解と整理と確認に少しだけテキトーになれたなら、きっとグローバル競争はより良い方向に大きく変わっていくでしょう。