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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 22「STP」で現実的な売上予測ができる

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

深く掘り下げるほど具体的な売上が見えてくる

過去にこの連載で、「R−STP−MM」の 「R」(Research)では負け戦の見極めができ、国別優先順位が明確になるとお伝えしました。例えば、「R」でベトナムに出ると決めたとすれば、次の「STP」(セ グメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)では、具体的に誰 に売るかを明確にしていきます。ベトナムの市場の中でも、セグメンテーションで「どんな層に売ったら いいのか」、ターゲティングで「その層の中でも具体的にどこを狙うべき なのか」、そしてポジショニングで「その時に自分たちの立ち位置はどう あるべきなのか」を考えていきます。1つひとつ見ていきましょう。

まず、「セグメンテーション」では同じような欲求や行動を持つ集団をグループに分類していきます。消費財を売る場合、富裕層、中間層、低所 得者層のグループに分け、中間層を狙うとすれば、さらに具体的に、居住している都市や地区などに分類していきます。そして、「ターゲティング」では市場の魅力と自社の能力を考慮し、セグメンテーションした市場から自社にふさわしい市場を決定します。これ により、その地区に住んでいる人たちの数や、どういう生活をしていて何を欲しているのかという消費者像を浮かび上がらせることができます。 そうすると、その人たちに商品を売った時に、いくら自分たちに返ってくるのか、いくら儲かるのかということがより具体的に導き出せるのです。セグメンテーションは、ざっくりどの分類を狙うのかを大枠で捉えるツールです。そして、とにかく具体的に深く掘っていくほど、売上をより現 実的な数字に近付けていくことができるのがターゲティングです。同じ中間層の中でも、所得別、年齢別、性別、職業別、ライフスタイル別……と掘れば掘るほど、より売上予測が具体的になっていくのです。最後の「ポジショニング」では、自社の商品やサービスがターゲットの心の中でどのように特別な存在として認識されることを目指すのかを組み立てていきます。日本の消費財メーカーが勘違いしやすいのは、このポジ ショニングです。これは消費財メーカーに限ったことではありませんが、いずれのメーカーも、アジア新興国がターゲットだというのに、口を揃えて、「我が社は、プレミアム戦略で行く!」と言います。そして、中間層が買える値段で商品を作れないので(正確には本気になれば作れるが、なんとか現状のままで売ろうと考える)、「上位中間層」という都合のよいワードを使い、アジア新興国は中間層が大切だと言いながら、いつしかターゲットが上振れてくるのです。ターゲットが上振れすると、戦略そのものがズレてきます。これでは本末転倒です。

私は、プレミアム戦略自体は否定しませんが、日本企業の言うプレミアムの定義は、必ずしも世界の定義とは一緒ではないということは理解しなければなりません。日本企業は、高品質、高機能こそがプレミアムだと考えていますが、世 界は必ずしもそうではありません。日本の家電メーカーや、携帯電話メーカーの過去の失敗も、このポジショニングの間違いが一因です。高品質・高機能こそがプレミアムなんだと、品質と機能を追求し過ぎたあまり、世界が求めるプレミアムから遠のいた 製品を作ってしまったのです。日本のプレミアム=「品質」と「機能」ですが、世界のプレミアムは機 能や品質よりも、「デザイン」や「ブランド・アイデンティティ」、またハードの中で動く「ソフト」が優先されます。 そんなことをしている隙に中国や韓国のメーカーに中間層を取られ、かといって富裕層も取れず、富裕層は、ダイソンや、欧米のデザイナーズ家電メーカー、また携帯はアップルやサムスンや中国メーカーに取られてしまいました。

これは、FMCG などの食品、飲料、菓子、日用品等の消費財メーカーや、その他の業界業種の企業にとっても決して対岸の火事ではありません。消費財においてはなおのこと、自社のポジショニングをしっかり見極めるべきなのです。 数十円のチョコレートをアジア新興国で売りたいなら、戦う相手はキットカットを売る瑞ネスレや、スニッカーズ、M&M ’s を販売する米マース。そして、キンダージョイや、キンダーチョコレートを販売する伊フェレロです。さらには、シンガポールのデルフィーなどのアジアのチョコレートメーカーです。シャンプーを売るなら、敵は米P&Gや蘭英ユニリーバ、さらにはアジアのシャンプーメーカーです。そういった状況を踏まえ、いかに中間層を ターゲットにした枠の中で、どうポジショニングを作るかということが重 要です。ただ単に、「良い原材料と高い技術力で作ったジャパン・ブランドの商品だからプレミアムです!」では、もはや現代のアジア新興国には通用しないのです。

ターゲティングの5つのフレームワーク


先に述べたようにセグメンテーションしてからターゲティングしていく 時に、より深くターゲティングを掘り進めていく方法として、大きく分けて5つのフレームワークがあります。縦軸がプロダクト(P:製品)で、P1〜P3の3種類の製品があり、横軸がマーケット(M:市場)で、M1〜M3の層があるとした時のフレームワークを表したものが次ページの図です。

「単一集中型」は、例えばプロダクトP1やP3は売らずに、とにかく P2だけを売ります。マーケットも、M1の層やM3の層は狙わずに、M 2の層だけを狙うという一点突破型の方法です。次の「選択専門型」は、P1の製品はM3のマーケットが一番適している、P2の製品はM1のマーケットが、P3の製品はM2のマーケットが適しているというように、3種類の製品すべてを売るものの、それぞれに適したマーケットに分けて選択をするという方法です。そして、「製品特化専門型」は、P2の製品 だけしか売らず、マーケットはM1〜M3すべての層にアプローチします。
「市場特化型」はP1〜P3すべての製品を売るものの、M2のマーケットしか狙わない。そして、最後の「フルカバレッジ型」は、すべての製品をすべてのマーケットに売っていく方法です。
この5つのターゲティングの中で、自社がどの方法を取るのがふさわしいかを判断することが大変重要です。

これは自社の経営資源や、ナレッジやノウハウにも大きく左右されます。私が日本の消費財メーカーにお勧めするのは、最もコストが抑えられる単一集中型から始める方法です。ただし、SKU=Stock Keeping Unit、最小管理単位は3から5は必要です。これは、「味違いでも、サイズ違いでも、商品違いでもいいので3〜5種類の商品が必要」ということです。なぜかというと、もし市場特化型でM2の層に3つの製品をすべて投入した場合、それぞれの製品で最低でも3SKU は必要になるとすると、3× 3で9SKU 分のリスティング・フィー(商品棚の場所貸し代)が必要となるため費用がかさむことになります。1商品で、味の違いなどを考慮すると最低でも3SKUくらいが並びます。P1の商品を3SKU分だけ近代小売(MT)の棚に並べると、3倍のお金がかかるわけです。P2、P3でも3SKU ずつ並べた場合、当然、9倍のお金がかかるということです。製品が増えれば増えるほど、導入費用はかさんでいくため、最初は単一集中型から始めて徐々に市場特化型、選択専 門型、製品特化専門型へ移行し、最終的にはフルカバレッジ型に拡大していく方法が日本企業には現実的だと思っています。1つの商品を1つの市場へ、一点突破で実績がしっかり出れば、他の市 場からも声がかかり、小売との交渉力、つまりはリスティング・フィーや、半強制プロモーションの費用なども抑えることが可能になります。最初からすべてがうまくいくことなど、アジア新興国では絶対にありま せんので、最小のコストで、着実に仮説検証のプロセスを繰り返せる一点 突破が最適だと思います。そこでしっかりと勝利の方程式が確立できたら、一気にフルカバレッジへとスピードのギアを上げればよいのです。もちろん、最低限必要な SKU はありますが、商品カテゴリーは1種類に絞った立ち上げで、とにかく早期に成功体験を確立し、その実績をベースに小売との次の段階の交渉をしていきます。実績があるとないでは小売交渉力も大きく変わります。現在、先進グローバル消費財メーカーが取っているのはフルカバレッジ 型。ナレッジもノウハウもその他の経営資源もふんだんにあるからこそできる戦略です。しかし彼らとて最初からフルカバレッジ型のターゲティングができたわけではありません。50年前にやっていたのは単一集中型。そ こから攻めていき、現在では、フルカバレッジ型でどんどん新興国に展開を広げているわけです。