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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 28 中間層を狙わないならアジア新興国に出る意味はない

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

最大の魅力は「拡大する中間層」

企業は今なぜアジア新興国に注目をするのでしょうか。それは「中間層の拡大」が理由です。アジア新興国の最大の魅力は「拡大する中間層」にあります。現在、アジア新興国の中間層は、15億人と言われていますが、2030年には30億人に達すると予測されています。現在の15億人も相当な数ではありますが、今後、貧困層の所得が上がり中間層へと成長することにより、2030年には中間層が約30億人にまで拡大するのです。
従って、B2C の製造業にとっては中間層を狙わないなら、そもそもアジアに出る意味がないと言っても過言ではありません。もちろん、一部の単 価の高い高級化粧品や、高級食品を製造するメーカーなど、日本国内でも富裕層に限定して販売を行っているメーカーは別ですが、それ以外の食品、飲料、菓子、日用品等の消費財メーカー、特にFMCGメーカーにとっての最大かつ最重要なターゲットはこの中間層以外にありえません。これら消費財メーカーのビジネスの肝は、いかに多くの消費者に、いかに早い頻度で、いかに長期にわたって繰り返し商品を購入してもらえるかです。そのためにはボリューム・ゾーン = 中間層が最重要ターゲットとなるのです。

先進グローバルメーカーはターゲットが中間層からブレない

ここまでの話で、アジア新興国市場では中間層をターゲットにすることが非常に大切だということは納得していただけたと思います。では次に、実際に先進グローバル消費財メーカーと日本の消費財メーカーのターゲティング戦略では一体何がどう違うのかを見ていきましょう。結論を先に言うと、どちらのメーカーもアジア新興国市場では、中間層が重要であることを理解はしているということです。しかし、大きな違いは、先進グローバル消費財メーカーは、戦略の軸が「中間層の獲得」から絶対にブレないということ。 一方で、日本の消費財メーカーは、その軸がいつの間にか上振れしてし まうのです。もう少し詳しく言うと、日本の企業は莫大な消費者がいる中間層を獲得するためにアジア新興国に出たはずだったのに、戦略会議を重ねるうちに、いつしか、「やはり中間層じゃなくて富裕層から始めたほうがよいのではないか」「中間層は中間層でも、上位中間層を狙ったほうがよいのではないか」「そもそも中間層を狙うことは、ブランド力の低下に繋がる可能性があるので、まずは富裕層なのではないか」といった話が出てきて、議論がそっちに引っ張られていってしまいます。結果、ブランディング的にも富裕層を狙うべきだと、ブランディングとターゲティングを混同させた議論や、上位中間層という一見耳触りの良いワードに影響を受け、現実には非常にアプローチが困難な幻のターゲットを生み出していくのです。その根底には、「現状の商品や、やり方を大きく変えたくない」という、リスクテイクしたくないマインドがあるのです。要は、「日本で実績のあるものを売りたい。問題が起きたら大変なので、また社内調整も大変なので、原材料もパッケージも、ネーミングも変えたくないという思いが根底にあり、本来最も重要視しなければならない現地の消費者以上に、「変えたくない」や「現状のままがよい」という自己都合が優先されてしまうのです。
これに対して先進グローバル消費財メーカーは、「アジア新興国市場におけるターゲットは中間層である」ということから絶対に戦略軸がブレません。これが欧米企業と日本企業の最も大きな違いの1つであり、このターゲティングのズレが、日本企業のそれ以降のすべての戦略を空回りさせ ていくのです。ターゲットがズレれば、プロダクト(Product)もプライス(Price)もプレイス(Place)もプロモーション(Promotion)も異なってきます。重要なのは、まずターゲットを設定し、そのターゲットの求めるプロダクトを、そのターゲットが賄えるプライスで、そのターゲットが買いやすい売り場に並べ、そのターゲットが選びたくなるプロモーションをすることです。
つまりは、すべてはターゲットが中心に考えられているのです。一方で、日本企業は、まず最初にプロダクトがきます。自分たちのプロダクトは、良い原材料を使い、高い技術力を駆使して作り、日本では大き な実績があるので、プライスは少々高く、売り場も綺麗な近代小売(MT) 中心で、プロモーションあまりせずに、それでも欲しいというターゲット は絶対にいるはずだ。だって私たちはプレミアムだから、となるわけです。 結果、一部の富裕層や駐在員、外国人しか買わなくなるのです。

このターゲットを中間層から絶対にブレさせないというのは、日本企業 にとって本当に難しい問題なのです。なぜなら、それは時に、原材料を含め商品を大きく変えていく必要があるからです。商品を変えるとなると、海外担当の問題だけでは終わりません。品質を最優先したい生産サイドと、海外売上を上げなければならない海外サイドでは、見ているポイントが大きく異なります。弊社の顧客でもこの問題はそう簡単にはクリアできていません。多くはここでそれなりの時間を費やし、完全には解決できないまでも、騙し騙し進むしかない企業も少なくありません。逆に、少数ながら製販が一体となり取り組めた企業は、当然ながら得られる成果も格段に上がり、成長スピードが速くなります。実際に、中間層からブレないことを決めた顧客は、伝統小売(TT)への配荷を押し進めるべくチャネルが大きく進化します。同時に、価格帯も含め伝統小売で売れる商品に変わっていきます。そして打てば響くので、プロモーションもどんどん積極的になっていきます。最終的には十万店単位のストア・カバレッジ(配荷店数)を獲得し、日系企業であっても市場で強いプレゼンスを発揮しています。

積み上げ式の日本企業

では、一体、どうしたらターゲットを中間層からブレさせないようにできるのでしょうか。この答えは、「逆算」しかありません。ターゲットがブレる日本の消費財メーカーの多くは、目標数字を積み上げで作ります。つまりは、例えば、まずは10億円売り上げて、その次に20 億円、そして40億円、80億円、120億円と積み上げで組み立てていきます。従って、マーケティング・ミックスもターゲットありきでなく、積み上げ式の目標をクリアするための商品ありきで進んでいきます。まずは10億円売り上げるために日本の商品をそのまま近代小売を中心に投入となります。そして、最初は日系スーパーが中心になりますが、それでは大した量が確保できないので、徐々にローカルスーパーへも販売を開始します。しかし、依然、近代小売が中心です。販売チャネルもこれら積み上げ方式を実行するために作られた販売チャネル、つまりはディストビューターなので、得意分野も限られ、商品の単価にもよりますが、1カ国、10億から20億円程度を天井に成長が鈍化します。そこからさらに売上を伸ばすには、近代小売でさらに回転を早める施策や、伝統小売でのストア・カバレッジを上げる必要が出てくるのですが、それができる販売チャネルではないので、1カ国、10億円から20億円が打ち止めラインになってしまいます。

逆算思考のグローバル企業

一方で、先進的なグローバル消費財メーカーは、すべて逆算です。なぜ彼らがアジア新興国で最初から中間層を狙うのかというと、逆算すると、富裕層や上位中間層だけを狙っていてはまったく儲からない、むしろ、いつまで経っても赤字から抜け出せないことを理解しているからです。例えば、ベトナムを例に上げて話をすると、ベトナム市場でまずは富裕層や上位中間層から攻略しようとすると、全部でたった3,000店舗しかない近代小売のうちの1,000店舗程度しかターゲットとならないことがわかります。たった1,000店舗に商品を置いても、日販でどれだけ売れようが、永遠に儲からないのは火を見るより明らかです。これが、仮に全近代小売の3,000店舗だったとしても、焼け石に水です。 ベトナムでは、50万店存在する伝統小売で商品を売れなければ消費財メーカーは儲かりません。 そうなると今度は、この伝統小売で売れる商品を売らなければならなくなります。この時点で、自国で高い原材料を使い、高い技術を駆使して生産している商品をベトナムに輸出していたのでは太刀打ちできないことが明確になります。 ここで初めて商品や価格の現地適合がなされ、プロダクトとプライスが変わります。そして伝統小売の重要性を理解することでプレイスも変わり、そのプレイスに置いた商品を消費者に選んでもらえるようにプロモーションも変わっていくのです。食品、飲料、菓子、日用品等の消費財は、数売ってなんぼの商売です。 重要なのは、アジア新興国の中間層をいかに攻略するかで、そのためにはディストリビューション・チャネルが欠かせないのです。このディストリビューション・チャネルに関しては、今後この連載でも詳しく解説していきます。