HOME » コラム・対談 » 【連載】日本企業とグローバル・マーケティング » Vol. 29 「早期参入」にこだわる理由

コラム・対談 COLUMNS

【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 29 「早期参入」にこだわる理由

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

日本企業は20年も遅れている

先進グローバル消費財メーカーは、日本の消費財メーカーよりも20年も早い1980年代には、すでにアジア新興国を市場として捉えていました。米P&Gや蘭英ユニリーバ、瑞ネスレ、米コカ・コーラなどは、まだ近代小売(MT)がアジア新興国になかった時代から進出しているのです。なぜ先進グローバル消費財メーカーがそれほどまでに早期に進出することができたのかといえば、彼らは長期にわたる戦略を見ていたからに尽きます。アジア新興国のチャネル構築には時間がかかることを十分理解した上で、その先には大きな利益があることを見越して、将来の成長への投資を行うことができたのです。
その投資や長期戦略を実践してきた結果が、現在の先進グローバル消費財メーカーと日本の消費財メーカーの差となっています。米コカ・コーラは世界190カ国以上に進出していて、コカ・コーラとスプライトは、アジアはもちろん、インド、南米、アフリカと、どんな僻地に行っても飲むことができます。近代小売はもちろんのこと、どんなに小規模な伝統小売(TT)でも必ず目にします。日本のメーカーからもおいしい炭酸飲料はたくさん発売されていますが、いずれのメーカーのいずれの商品も、海外では見ることがありません。あったとしても、一部のアジアの輸入品等が集まる特殊な棚か、日系スーパーどまりです。もしくは、メーカー自身が売っているのではなく、並行輸入品として流れているだけというケースもあります。こうしたことからも日本の消費財メーカーのチャネルの弱さ、そして早くからチャネル作りに着手した先進グローバル消費財メーカーの強さを思い知ります。

日本の消費財メーカーはまだ眠っている?

先進グローバル消費財メーカーがアジア新興国を市場と捉えて進出し始めた1980年代というと、日本はちょうどバブルを謳歌していた時代です。日本国中がイケイケで、「新興国?そんなの金にならないでしょ」「貧乏な国に売ったって代金回収できないよ」くらいの考え方だったのです。「弊社は19XX年代からアジア新興国に取り組んでいます」といった企 業はたくさんありますが、それらは工場などの生産拠点としての進出であって、あくまで生産したものは日本へ輸出され消費されるのです。要は安い労働力を使って安価に生産するための進出です。販売をしていたとしても完全に輸出型輸出ビジネスで、現地の日系スー パーに商品が並んでいただけで、会社としてアジア新興国を重要市場と位 置づけていた企業は皆無に等しかったのです。結局、日本企業がアジア新興国に本気になり始めたのは、この10年くらいのこと。私に支援を依頼してくる企業の予算が10年前から飛躍的に拡大していますし、現地法人に若手のホープを送るなど、現地駐在員の質が高まってきていることから、大手の一部の企業では、いよいよ本気になってきたなと感じることがあります。しかし、20年出遅れたにもかかわらず、多くは、まだ輸出型輸出ビジネスから脱却できていません。もしくは、現地生産していてもチャネルビジ ネスができておらず、何をどうしていいのかわからない状況です。日本企業のアジア新興国展開は、まだまだこれからだと感じています。
この日本企業のアジア新興国市場に対する本気度を象徴するある出来事を紹介したいと思います。これはあるアジア新興国のディストリビューターのオーナー連中との会食の場での出来事です。あるディストリビューターが私に、「日本の食品、飲料、菓子、日用品等の消費財メーカーは、なぜあんなにもアジア新興国市場の取り組みに余裕でいられるんだ?」と聞いてきました。すると、別の人物が、「そうだ、そうだ。色々なメーカーが我々ディストリビューターのところに、事情を聞きに会いにくる。我々を品定めしにきている。あれはこれはと、細かなことを色々聞きにくるが、一向に何も決まらない。決められる奴は現地にこないで、決められない奴が現地にきて、あれはこれはと聞いてくる。どうしてなんだ?」と私に聞く。

私は、「それは…」と答えようとした矢先、別のディストリビューターが、「They are still sleeping!」と言い、その場にいた、十数名のオーナー達が一斉にどっと笑ったのです。「そうだ、そうだ、日本企業はまだ半分寝ているな。バブル期の夢でも見ているのかな」と。私はこの出来事を、ことあるごとに思い出し悔しく思うのです。これは、決して日本人には言わないアジア新興国のディストリビューターの本音です。彼らは内輪では、日本の消費財メーカーのことを「They are still sleeping.」や「They are half sleeping.」、「日本の消費財メーカーはまだ眠っている」と言っています。彼らの言うことが事実だとわかっているだけに、私にとってはまったく笑えないことなのですが、その時は、「まあ、もう少し待っていてくれよ、日はまた昇るから」と言うのが精一杯でした。とは言え、もう勝敗が決まってしまったかというと、そうではありません。日本の消費財メーカーが本当にグローバル・マーケティングを理解して本気で取り組めば、まだまだ巻き返しのチャンスはあると信じています。日本国内で少子高齢化、人口減少の問題が深刻化している今こそ、成長市 場であるアジア新興国に本気になるべきベストタイミングなのです。そして、アジア新興国市場に本気になるということは、リスクを取るということであり、リスクを取らない本気などないということも肝に銘じなければならないのです。

リスクを取って先駆者になることの本当の価値とは

最後に、このリスクの取り方に関して少しお話をしたいと思います。欧米の先進的なグローバル企業も、日本企業も、同じ企業ですから当然リスクは嫌います。不思議なのは、ではなぜ欧米の先進的なグローバル企業はリスクがあるにもかかわらず早期に決断し進出することができるのでしょうか。それは、彼らは、リスクを取って先駆者になることの本当の価値を理解しているからです。日本企業は、アジア新興国市場へ進出する際に、必ず成功するのだという強い意志のもと進出します。それだけ強い意志があるのに、実は戦略は非常に乏しい。本社には戦略はなく、とにかく現地に箱(現地法人もしくはパートナーとの合弁法人)を作り、そこに駐在員を送り込み、頑張って成功してこいと叱咤激励する。送り込まれた駐在員も、真面目で従順なので武器(戦略と予算)1つ持たせてもらっていないにもかかわらず、本気 で成功しようと奮起するのです。まるでコメディです。
一方で、先進グローバル企業は、失敗をするために早期進出するのです。彼らは、未開のアジア新興国市場にいきなり進出して最初から成功するはずがないことを理解しているのです。重要なのは、誰よりも早く出て、誰よりも早く失敗し、誰よりも早く学ぶことであると考えているわけです。だからこそ彼らは早期に決断し行動 することができるのです。また、彼らは失敗をするために進出をするわけですが、必ず精度の高い仮説を持って進出します。つまりは、なんら仮説を持たずに、単に出ていって失敗するのでは何の学びもありません。それどころか無駄な失敗です。しかし、綿密な調査を行い、精度の高い仮説を持って進出し、その仮説と異なる部分が発生して失敗すれば、これは学びに繋がります。この仮説検証のプロセスを誰よりも早く実施することこそが本当の価値なのです。 先進グローバル企業はこのことをよく理解しているのです。日本企業も、こういったマインドをいち早く取り入れ新興国市場と向き合わないと、今後ますます差が開いてしまいます。「間違えてもよい」「失敗してもよい」、成功はいくつもの失敗が作り上げるのだ、というぐらいのマインドでないと、アジア新興国市場では成功できません。