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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 30 戦略的な国別投資を行う先進グローバル企業

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

米P&Gとユニ・チャームのアジア新興国戦略

先進グローバル消費財メーカーの戦略の特徴として、国ごとの投資額の強弱が明確だということが挙げられます。下記の図はアジア新興国市場における日本のユニ・チャームと米P &Gの子ども用紙おむつのシェアを比較したものです。データは、 Euromonitor International社の2019年のものを活用しています。1つひとつ見ていきましょう。まずは、タイからです。タイでは「53%:圏外」(ユニ・チャーム:米 P&G。以下同)でユニ・チャームの圧勝です。米P&Gは並行輸入が多少入ってきているくらいでほとんど売っていません。次にマレーシアでも「12%:0.1%」でユニ・チャームの圧勝です。そして、インドネシアでも「43%:4%」でユニ・チャームの圧勝です。続いて、ベトナムでも「35%:13%」でユニ・チャームが勝っています。米国文化が強く浸透しているフィリピンだけが例外で、「3%:22%」 で米P&Gの勝ちですが、その他のASEANでは圧倒的にユニ・チャーム が勝利しています。フィリピンはやはり「アメリカ・ファースト」の志向が強く、日本はセカンド、もしくは少し前から韓国がセカンドで日本はサードといった状況になっています。
さて、ここまで見てくると皆さん、「ユニ・チャームってすごい!」と思われるでしょう。確かに、日本の紙おむつメーカーの中ではダントツですし、先進グローバル消費財メーカーである米P&Gと正面から戦ってASEAN のマーケットシェアを獲得しているのですから、すごいことは間違いありません。ただ、中国とインドのシェアを見ると少し違った見方もできるのです。中国では「7%:18%」と、米P&Gがユニ・チャームに大きく勝っているのです。ここに先進グローバル消費財メーカーならではの戦略が表れています。

優先すべき投資先をグローバルで考える

中国では少子高齢化だといわれている現在でも、1年間に約1,470万人の新生児が誕生しています。これに対してユニ・チャームが米P&Gに勝っている国で見ると、タイは約80万人、マレーシアは約50万人、ベトナムは約100万人、最も多いインドネシアですら約400万人です。これが意味することは一体なんでしょうか。
欧米の先進的なグローバル企業は、ASEANの小国でいくら勝っても、それとは比較にならない巨大な市場を持つ中国で負けていては、グローバル市場での負けを認めざるを得ないということを理解しているのです。しかし、さらに興味深いのは、ユニ・チャームも決して米P&Gに負けていないということです。中国よりも出生数の多いインドで、かつて10%ほどしかなかったシェアを38%まで上げているのです。これは43%の米P &G迫る勢いです。追い上げの話をもう1つすると、中国の花王もかつてかなり低かった子ども用紙おむつのシェアを、今では8%まで上げて、シェア2位につけています。今後、さらに世界のボーダレス化が進んだら、数の原理で巨大市場での標準が小国にも押し寄せる可能性があります。つまり、中国やインドでの製品の標準がASEAN を呑み込むということです。事実として、中国やインドは、世界市場において昔以上の影響力を持っていますし、特に中国で スタンダードになったものが、世界でスタンダード化していく現象がすでに起きています。
日本企業の多くはASEAN 戦略にあたり、「親日国家である」などといった、「進出しやすい国」を優先しがちです。進出しにくい国より、進出しやすい国のほうがよいのは当たり前ですが、「進出しやすい国 = 進出すべき国」では決してありません。市場規模にこれほど大きな差があると、どれだけASEANが親日だろうが、なんだろうが、市場規模を定量的に見て中国とインドより優先すべき 市場ではありません。
しかし、多くの日本企業にとって、ASEANは、中国よりも、インドもりもプライオリティが高い市場です。中国とインドをどこか遠のけてしまう傾向があります。グローバル・ビジネスをする上では、まずはグローバル全体を広く見渡 した後、自社の経営資源を見ながら具体的にどの国や地域から狙うべきなのかを考えることが重要です。そのようなプロセスを経て、あえて競争環境の激しい中国とインドを捨て、ASEANを取るという戦略であれば、それはそれで構わないと思います。やりやすいからではなく、戦略としてそうしているのか否かが重要なのです。先進グローバル消費財メーカーは、国ごと、地域ごとの投資額の強弱が明確になっているのです。ROI(投資対効果)の高い市場には徹底して経営資源を投下し、逆にROIの悪い地域には手を出さない、もしくは早期に撤退の判断をするのです。日本企業のように、ROI が悪いにもかかわらず、すでに出てしまったのでいつか報われると長期にわたってだらだらと進出をし続けるということはしないのです。