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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 40 「デファクト・スタンダード」へのこだわり

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

「デファクト・スタンダード」化のメリットは大きい

「デファクト・スタンダード」とは「事実上の標準」を表す言葉です。特に食品の分野では、一番最初に口に入れたものの味がその人の味覚に印象付けられ、デファクトになってしまう傾向にあります。私なら明治のミルクチョコレートが一番おいしいと感じるし、ロッテのガーナチョコレートも勝るとも劣らない存在です。また、ちょっと変わったところでは、チロルチョコの様々なバラエティを楽しみたいとも思います。恐らく、多くの日本人が私と同じ感想を持っているのではないでしょ うか。 たまにアメリカ産のチョコを食べるかもしれませんが、甘すぎて毎回は 遠慮したいと思うのが日本人ではないでしょうか。しかし、アメリカのチョコレートを最初に口にしたアジア新興国の人たちには「これがチョコの味なんだ」と植え付けられているのです。後からいくら「日本のチョコのほうがいい原材料を使ってますよ」「甘さも控えめですよ」「体にもいいんですよ」と言っても、一旦アメリカのチョコレートの味に慣れてしまった味覚を変えるのは大変なことです。私たち日本人は、ハウスのバーモントカレー、日清のカップヌードルやチキンラーメン、永谷園のお茶漬けなんかを無性に食べたくなることがないでしょうか。またキッコーマンの醤油さえあれば、海外のどこへ行って何を出されてもたいていのものは食べられるのではないでしょうか。
このように、特に食品や飲料、菓子などにおいては、いかにデファクト・スタンダードになるかが重要で、欧米の先進グローバル消費財メーカーは、早くからアジア新興国市場において、自社の商品がデファクト・スタンダードになるべく戦略を描き展開してきているのです。その結果、アジア新興国でも多くのカテゴリーで欧米先進グローバル消費財メーカーは、デファクト・スタンダードの座を築いています。わかりやすい例で言うと、例えば、清涼飲料飲料では、コカ・コーラやスプライトは圧倒的で、アジア新興国にとどまらず世界190カ国以上で売られており、その国の中間層にとってのデファクト・スタンダードになっています。瑞ネスレのコーヒーや、ミネラルウォーター(飲料水)、英蘭ユニリーバのシャンプーやボディーソープもまさにそれです。この他にも多くの欧米先進グローバル企業の商品がアジア新興国でもデファクト・スタンダードになっています。例えば、ガムやチョコレート、クッキー、ポテトチップス、スナック菓子、エナジードリンク、ココア飲料、洗剤、洗濯洗剤、デオドラント、歯磨き粉、ボディオイルなど列挙するときりがありません。そして、これらデファクト・スタンダードの座を勝ち得たメーカーの大きな優位性の1つが小売との交渉力です。
デファクト・スタンダードな商品であるということは、多くの消費者に支持されているということです。従って、小売側にとっても置けば売れる商品であるということです。置けば売れる商品を置かない理由はどこにもありません。むしろ、大々的に置きたい、置かせてほしいと思うのが自然でしょう。他の商品よりも、店内での露出、新規店舗における各種導入費など、あらゆる面で小売との交渉力が有利に働くのは言うまでもありません。デファクト・スタンダードになるためには、相当なスキルとノウハウを必要とし、投資も中途半端ではかないません。しかし、いざデファクト・スタンダードを取ってしまうと、ROI(投資対効果)は一気に高まります。いかに多くの人に、いかに早い頻度で、いかに繰り返し、いかに永遠に購入し続けてもらえるか(生涯利益)が肝となる消費財ビジネスでは、どれだけ多くの商品でデファクト・スタンダードが取れるかが大変重要になるのです。

アジア新興国でデファクト・スタンダードになるためには

では、このデファクト・スタンダードになるためには、何が求められるのでしょうか。どうすれば、デファクト・スタンダードになれるのでしょうか。最初に、はっきりさせておきたいのは、デファクト・スタンダードになるための必殺技など存在しません。様々な要因が作用するため、一概にこうすればよいということではありません。ただ、デファクト・スタンダードの座を築いてきた欧米の先進グローバル企業は、少なくともこれから説明する2つのことを実施してきています。結論から先に申し上げると、それは、「スピード」と「ボリューム」です。
「スピード」とは、早期参入を指しています。その市場でデファクト・スタンダードになった企業は、例外なくその市場に早期参入しています。まだ他社が市場として捉えていないうちから、その市場へ進出しています。つまり、商売としてはまだ旨味の少ないうちからいち早く進出し、10年先、20年先の未来の姿を明確に描き、それに向かって投資をしているのです。そして、その投資の度合いも絶妙で、市場がゆっくり拡大している段階では、決してアクセルを踏み過ぎない。つまりは投資をし過ぎないのです。まだ未成熟すぎる市場で過度な投資をすれば、それは砂漠に水を撒くようなことになります。その市場の成長スピードに絶妙に合致した計画的投資をしてきているのです。次に、「ボリューム」に関してですが、デファクト・スタンダードになるということは、当然ながらボリュームを取るということです。ボリュームがないのに、デファクト・スタンダードになどなれません。従って、デファクト・スタンダードになっている先進グローバル企業は、1社の例外もなく、最もボリュームの大きい中間層をターゲットとし、その中間層から絶大な支持を得た結果、デファクト・スタンダードになっているのです。「まずは富裕層や上位中間層から始める」や「中間層がそれなりの所得 なってから中間層を狙う」などといった中途半端なことはせずに、最初っから中間層ど真ん中をターゲットに事業を展開してきています。中間層のための商品とはなんなのか? 中間層の賄える価格とはいくらなのか?中間層が買いやすい売り場はどこなのか?中間層に選んでもらうにはどうしたらよいのか?を徹底的に考え、早く始め、早く失敗し、早く学ぶことで、デファクト・スタンダードを勝ち得てきたのです。