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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 44 参入戦略策定までの6つのステップ

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

参入戦略を策定するための5つの「可視化」

アジア新興国におけるチャネル構築の重要性はこれまでお話ししてきた通りですが、チャネル構築までのプロセスは大きく分けると3つのステージに分けることができ、さらにそれを8つのステップに分けることができます。その最初のステージが参入戦略策定のステージです。
まず、参入戦略の策定において最も重要なのは、「可視化」の作業です。つまりは、参入戦略を策定するにあたり必要となる情報を徹底的に収集し、わからないこと、不明確なことを可視化し、可能な限り広く、深く情報を収集するということです。より緻密な参入戦略には、より緻密な情報と分 析が必要になるのです。
では、どのような情報の可視化が必要になるのかというと、図の通り、まずステップ1として「市場環境の可視化」です。これから狙う市場は一体どのような市場なのか? 儲かる市場なのか? 儲かるとしたらどれぐらい儲かる市場なのか? など、市場に関するあらゆることを可視化するのがこの市場環境の可視化です。
次のステップ2は、「競争環境の可視化」です。これから狙う市場が大きいことはステップ1の様々な市場に関する調査で把握しましたが、その大きい市場における競合は一体どのような企業になるのか? 日系はもちろん、欧米系、ローカル系とどのような競合が存在し、彼らの脅威はどの程度のものなのか? 彼らの戦闘能力は具体的にどの程度のものなのか? それを可視化するのが競争環境の可視化です。

そしてステップ3が、「流通環境の可視化」です。アジアの流通環境は、日本と異なり非常に特殊な事情を多く抱えています。例えば、先にも解説した通り、近代小売(MT)が伝統小売(TT)の仕入れ先となり問屋機能を有していたり、伝統小売といっても十把ひとからげにはできず、一般小売(GT)という地域一番店的な伝統小売が存在するということ。近代小売のリスティング・フィーや棚代、協力金や半強制プロモーション費用などなど、中間流通に関すること、小売流通に関すること、様々な流通環境における不明瞭な点を可視化するのが流通環境の可視化です。
また、ステップ4として、最も重要な「消費者の可視化」も行わなければなりません。日本とは趣味嗜好も所得も大きく異なるアジア新興国の消費者が何を考え、何を求めて、何を購買するのか? 様々な観点で消費者のインサイト(潜在ニーズ)を可視化する必要があるのです。
そして最後のステップ5は、「ディストリビューターの可視化」です。当該国には、どのような規模で、どのような特徴、強み、弱みを持ったディストリビューターがどれぐらいの数存在し、どのようなメーカーの商品をどのような小売に配荷しており、どの小売のどのカテゴリーに強く、どれぐらいの金額を取り扱っているのか? 支店や2次店はどこにどれだけの数保有しているのか? 倉庫やトラック、ITシステムはどうなっているのか? そして、最も重要な彼らの配荷力は具体的にどれぐらいのケイパビリティ(能力)があるのか? どの近代小売のどのカテゴリーレーン への配荷実績があり、伝統小売への配荷力はいかほどなのか? 何万、何 十万間口(ストア・カバレッジ)を持っているのか? セールスマンは何人いるのか? どのような管理をしているのか? などなど、ディストリビューターに関するあらゆる情報を可視化します。
これらの情報がすべてテーブルの上に揃って、初めてステップ6の「参 入戦略の策定」ができるようになるのです。 我々などの専門家が、クライアントの要望で参入戦略を策定する際に、 業種や規模にもよりますが、この1から6までのステップを3ヶ月から4ヶ月程度かけて策定します。恐らく事業会社が単体で策定しようとすると、1年以上の時間を要するのと、可視化の作業に関しては、やはり餅は餅屋であるように、その道のプロフェッショナルでないと完全に可視化することは不可能だと思います。
多くの日本企業の仮説が甘かったり、戦略そのものが間違っている要因には、この不完全な可視化があります。自分たちの仮説の何が間違っているのか以前に、仮説がそもそも甘いということにすら気づけていないケースは少なくありません。

市場が可視化できてからチャネルを構築する

ステップ6までをクリアして、初めて次のステージであるステップ7の、「チャネルの構築」が可能になるわけです。
どのようなディストリビューション・チャネルを作るかにもよりますが、 ここでは最低でも半年くらいの期間を要するでしょう。過去にもこの連載でお話しした、大きなディストリビューターを8 社前後使って一気に攻める「PGモデル」なら10カ月以上、小さなディス トリビューターを100社、200社使い、隅々までくまなくマイクロ・ディストリビューション(数百社の小規模ディストリビューターを活用し、伝統 小売の隅々まで配荷する)していく「ネスレ/リーバモデル」なら数年はかかります。
そして、チャネルは構築すればそれで終わりではなく、ステップ8の「チ ャネルの管理・育成」も非常に重要になります。日本の消費財メーカーは、ディストリビューターと契約をしたらあとは丸投げで、もう自分たちの仕 事は完了したかのように考える企業が多いですが、それでは販売のサステナビリティは失われます。自分たちの仕事は作ることで、売るのはディストリビューターという考 え方で成功している企業はありません。売ることそのものの行為はディストリビューターが行ったとしても、いかに売るための戦略に介在し、ディストリビューター以上に売るためのスキルとノウハウを得て、彼らを管理育成できるかが、その後の売上に大きく関係するのです。