HOME » コラム・対談 » 【連載】日本企業とグローバル・マーケティング » Vol. 57 伝統小売と近代小売は両輪で攻める

コラム・対談 COLUMNS

【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 57 伝統小売と近代小売は両輪で攻める

著者:森辺 一樹

伝統小売は日本でのコンビニのような存在

アジア新興国の最大の魅力である、中間層をターゲットにしたビジネスで成功するためには、伝統小売(TT)のストア・カバレッジを上げ、その伝統小売でのインストア・マーケットシェアを上げる、この2点に尽きます。これは、これまでに何度もお伝えしました。過去にも解説した近代小売(MT)と伝統小売の比率をおさらいすると、金額ベースでは次の図のようになっています。新興 ASEANである VIP(ベトナム・インドネシア・フィリピン)では、伝統小売が近代小売の何倍もの売上を占めている状態です。約8割は伝統小売なのです。店舗数ベースでいうと、いずれの国においても99%以上が伝統小売です。伝統小売は、決して貧困層が買う小売ではなく、富裕層から貧困層まですべての国民が買い物をする便利な小売店なのです。交通量の多い道路脇から、住宅地域の中まであらゆる箇所に伝統小売は存在します。伝統小売は、いわば、我々日本人にとってのコンビニエンスストアのような存在で、人々の生活に完全にとけ込んでいるのです。

伝統小売をどれだけカバーできるかが勝負

ASEANでは、特に、伝統小売の比率が高いVIPでは、近代小売と伝統小売を同時に攻略して初めて消費財メーカーは利益を出せるようになります。このメカニズムに関して、詳しく見ていきましょう。例えば、ASEAN で最も近代小売の数が少ないベトナム市場。多くの日本の消費財メーカーが進出をしています。 このベトナム市場において、近代小売だけを相手にビジネスをしていては、恐らく向こう数十年、利益を出すことは難しいでしょう。なぜなら、ベトナムには、約3,000店舗程度しか近代小売がないからです。仮に、それら近代小売への配荷率が100%だったとしても(実際にはあり得ませんが)、たった3,000店舗しかなければ、商品単価や利益率にもよりますが、一般 的な消費財の場合、1店舗当たり週販で何千個、何万個売らなければ利益は出ません。そして、そんなことは現実には起こり得ません。従って、消費財メーカーがベトナムである程度のシェアを獲得したり、収益を上げるには、近代小売はもちろんのこと、50万店存在する伝統小売のうち、最低でも5万店舗以上は獲得しないとお話にならないのです。ちなみに、50万店の伝統小売のうち、30万店は食品や飲料、菓子が中心 の伝統小売なので、これらの消費財メーカーにとっては30万店が主たるターゲットになります。ベトナムで5割以上のシェアを持つエースコックは、この30万店のほぼすべてに商品を置いています。ここまで話すと、ベトナムは伝統小売が主たる市場だということがわかるので、基本的には日本で売っているものを、そのまま日本から持っていっても関税や輸送コストが高くつき、伝統小売で売れるような価格帯にはならず、不向きであるということがわかります。もっとはっきり言うと、消費財メーカーが輸出だけで市場を取ろうとするのであれば、それはベトナムではないということです。ベトナムで大きな成果を上げるには、ベトナム現地で生産をするか、近隣国でベトナムの伝統小売で売れる価格帯で生産をする必要があるのです。

近代小売は別の意味でも大事

近代小売と伝統小売の両方を攻略することが大事だと言いながら、少し伝統小売よりの話をしてきましたが、あくまで両方とも大事です。近代小売の数がたった3,000店舗しかなくても、大変重要な役割を持つのです。それは、伝統小売への波及効果です。伝統小売のオーナーは、狭い店舗内に多くの商品は置けません。1カテゴリー、多くても2ブランドの商品を置くのが限界でしょう。そうなると、伝統小売のオーナーは、何を判断基準として商品を選んでいるのでしょうか。それは、近代小売での売れ筋です。伝統小売のオーナーは、近代小売で売れているものだけを店先で売るのです。近代小売で売れないもの、売っていないものを伝統小売では決して取り扱いません。そんなものを取り扱って売れなければ、返品のできない無駄な在庫を抱えるだけで、彼らにとっては死活問題なのです。なので、ベトナムの場合、近代小売は伝統小売で高いストア・カバレッジを上げる上で非常に重要な役割を担っているのです。

さらに興味深いのは、伝統小売でのストア・カバレッジが上がると、近代小売の各種導入費用が下がることです。欧米の先進的グローバル消費財メーカーである、米P&Gや、瑞ネスレ、英蘭ユニリーバ、米コカ・コーラや、米マースが、日本メーカーと同じリスティング・フィーや棚代を支払っていると思いますか? 答えは言うまでもありません。近代小売は、伝統小売市場におけるストア・カバレッジを高く評価します。伝統小売のストア・カバレッジが高いということは、それだけ中間層の消費者に指示されていることの表れです。その商品が近代小売にないというのは、今度は逆に近代小売が困るのです。従って、アジア新興国では近代小売はマストであり、プラス伝統小売をどれだけ取れるかが重要なのです。特に、現地法人という固定費がかかっている場合、伝統小売のストア・カバレッジを伸ばしていかなければ、黒字に転じることは不可能なのです。