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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol.10 海外ビジネスで求められる能力とは

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

今あるものを膨らませていくのが国内ビジネス

ビジネスにおいて個人が持つ能力のことをスキルセットやケイパビリティと呼びます。海外で仕事する際に求められるスキルセットやケイパビリティは、国内で仕事をする時に求められるものとは大きく異なります。そのため、企業も個人も海外ビジネスをする際には大変な苦労をしています。海外ビジネスで求められる能力とはいったいどういうものなのか?そして海外ビジネスに向いている人材とはどのような人材なのか?今回は国内ビジネスと海外ビジネスにおいて求められる能力の違いについて詳しく解説していきます。

まずは国内のビジネスから見ていきましょう。いずれのインダストリーにおいても、国内ビジネスというのは、既に出来上がった土台の上でビジネスを行っています。既に売る商品は決まっていて、定価や仕切り値も決まっている。そしてターゲットも明確に設定されていて、その商品を売る販売チャネルも確りと整備されています。更には、市場や流通からの信頼も十分にあります。そもそも皆さんの会社は、国内では絶大なる知名度があるのです。社内には長年の実績から培われたノウハウやオペレーションも確りと用意されていますし、販売後のアフターサービス体制も万全です。なにより国内のビジネスにおいては、既に長年に渡り繰り返し購入をしてくれている強固な顧客基盤が存在するのです。つまりは、国内でのビジネスはすべてがお膳立てされた状態だということです。あらゆるものが準備されていますから、何かをゼロから創出する必要はありません。ゼロからというのは、マーケティングの基本プロセスであるR-STP-MM(Research – Segmentation / Targeting / Positioning – Marketing Mix)などのフレームワークを活用し、戦略をゼロベースで構築する必要がないということです。戦略は既に戦略担当部門が作ったものが存在するのです。そしてオペレーションも業務内容別に部門化されており、それぞれの部門には十分な人材が投下されています。従って、自分は自分のやるべき仕事の範囲だけを確りこなせば良いのです。例えば、セールスはセールスの仕事のみに集中することができます。それ以外の仕事で本来のセールス業務が邪魔されるということは粗ありません。もっというと、営業は自分の担当エリアの担当顧客のみに集中することができます。他の地域や顧客のことなど考える必要すらないのです。こういった国内のビジネスをこなしていくうえで求められる基本的能力は、決まったことを正しく実行できる能力です。既存の枠組みに沿って働いていくだけである程度の成果は上がるのです。つまり現状が1であったとしたら、その現状を2にしたり3にしたりと積み重ねていくのが国内のビジネスなのです。

ゼロから1を生み出すのが海外ビジネス

一方、海外ビジネスというのは何もない状態から始めることになります。新規参入をする際には、当然ながら現地での知名度はありません。国内でどれだけ有名な大手企業であっても、海外で同じように知られているとは限らないのです。B2Cメーカーであれば消費者の支持が全くない状態で参入していくことになります。現地の消費者が見たことも聞いたこともないメーカーの商品を販売していかなくてはならないのです。しかも価格は中国製や現地品と比較すると割高なのか日本企業の商品の常です。目に見える品質の差はなく、使える武器はなんだかよく分からない「ジャパン・プレミアム」だけです。小売の信頼もありませんし、販売チャネルもこれから作り上げなければなりません。

これはB2Bメーカーの場合も同じです。ユーザーが使ったことがなかったり、全く知らなかったりする製品を売っていかねばならないのです。成功する保証はありませんし、そもそも何をどう初めて良いのかも分からない状態です。また、もし日本で売っている製品が現地特有の事由で売れなければ、現地のニーズに合った製品を一から企画する必要すら出てきます。海外ビジネスは、国内ビジネスとは事情が全く異なり、全てが不足している状態です。むしろ何も無い状態からビジネスを構築していかなくてはならないのです。その国でビジネスをするノウハウもなければ、オペレーションも整っていない状態から始まっていくのです。

鍵は人材だが、属人的では成功しない

ここまで説明した通り海外で仕事をするということは、ある程度土台が出来上がっている国内のビジネスとは全く異なっています。今あるものをどんどん増やしていくというのが国内ビジネスなのであれば、海外ビジネスは、まずはゼロから1を生み出していかなければなりません。無から有を生み出していくのは、会社員として働くというよりも、第二創業する経営者に近い働き方になります。つまり海外事業を担当する個人に求められる能力は、起業家に近い精神力や能力なのです。海外に人材を送り込む企業側も、現地に送り込まれる人材側もそのことを確りと理解して臨まねばなりません。

ここには二つのポイントがあります。一つ目は海外ビジネスに向いている人材をうまく当て込んでいけるかが重要だということ。決められたことを杓子定規にこなしていくことが得意な人よりも、白紙から絵を描いて行ける人がベターです。特に中国やASEANなどでの仕事は、決められたことが決められた通りに進まないどころか、突発的に想定外なことも多々起こります。これらの問題にも動じず対処できる人材が求められます。しかし、単に肝が座っていて気合と根性で突破しようとするタイプも不向きです。気合と根性で突破できた海外ビジネスの時代はとうの昔に終わりを遂げています。1回や2回は突破できても、それらの方法は再現性が低くサスティナブルではありません。求められるのは、鈍感力が高く、良い意味で”テキトー”な人で、想定外の事態を目の当たりにしても、常に自分が持つ仮説を軸に検証しながら問題の本質を見抜き対応策が即座に打てるような人材が向いています。また問題は現地側からだけなく、自分たちの東京本社側とのやりとりにも存在します。従って、現地の実態を本社に正確に客観的に伝えその対策案を提示でき、適切に対処する能力や、また本社からあらゆる経営資源を引っ張ることができる社内政治的な能力も求められます。

そして二つ目は、ないない尽くしの海外ビジネスをしていくにあたり属人化しないように、東京本社が仕組み化することです。担当者の個人的能力に頼って海外ビジネスを行っていると、担当者が交代した途端、もしくは退社した途端にビジネスが頓挫してしまうという事態が起こり得ます。もしこんなことが起きてしまったら、それはとてつもない属人性に支えられた脆弱な組織であることを証明しているようなものです。そうならないためにも、本社がしっかりと戦略を持っておくことが大切です。戦術は現地に考えさせても、戦略は現地へ赴く担当者が現地で走りながら考えるのではなく、本社が明確な戦略を持ち、それを担当者に実行させる環境になければなりません。そのうえでゼロから1を生み出すことに向いている人材を現地へと投入するのです。仮にその人材がいなくなっても、代わりを送り込めば同じことができる状態でなければなりません。担当者1人のスキルやケイパビリティに頼るだけで突破できるほど、現在の海外ビジネスは甘くないのです。

市場環境や競争環境が変われれば海外ビジネスに求められるモノも変わる

一昔前の日本企業にとっての海外ビジネスはある程度やり易かったのは事実です。中国やASEANはあくまで生産拠点であって市場として見ているのは日欧米の先進3市場であったため、新興国特有の難しさは加味せずに済みました。また、基本的にはどの産業セクターでも欧米メーカーよりも安く、良く、小さく作ることができるようになった日本企業は、競争環境という意味でも圧倒的な優位性を保っていました。モノさえよければ人や戦略はある程度適当で良かった時代です。しかし、現在ではアジアの企業も競合となり競争環境が劇的に変わってしまいました。特に中国企業の追い上げは凄まじく、既に多くの産業セクターで中国企業は日本企業を技術面でも資金面でもまたマーケティング面でも超えるようにもなってきました。このような時代においては、企業が海外ビジネスで求める人材の能力も一昔前とは大きく変わってきているのです。属人的でも戦えた海外ビジネスも、それでは通用しなくなり、戦略的な戦い方を求められているのです。変わらなきゃ、変わらなきゃと言い始め、随分と時間が経過してしまった気がします。企業も個人も本気で変わらないともう間に合わない瀬戸際まで来ていると感じます。これからの変革に大いに期待します。