コラム・対談 Columns
本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。
Vol. 72 中小企業には中小企業の「戦い方」がある
著者:森辺 一樹
中小企業の定義
本書では、主に先進グローバル企業の事例をベースにして、大企業のための戦略を中心に書いてきました。本章では、中小企業にフォーカスし、特に中小製造業のための戦略を中心に解説していきます。まず初めに、中堅企業、中小企業の定義をはっきりさせておきます。企 業の定義は、人や、企業、機関によって様々です。そこで本書では、会社 法や法人税法の規定ではなく、利益が出ていることを前提に、「売上が数 十億円から数百億円を中小企業」「売上が数百億円か1千億円程度を中堅 企業」とざっくり定義します。もちろん、産業や業種によって企業規模が大きく異なるので、多少のブレは出ますが、統計データを作ろうというのではありませんので、まずはざっくり分類します。
進出のためのマインドセットを改める
では、早速本題に入りたいと思います。まず、中堅中小企業が海外事業を行う際は、マインドセットを改めなければなりません。これは中堅中小企業のタイプ(性格)によっていくつかのパターンがあるのですが、うまくいかない企業の代表的なパターンをいくつか紹介します。まず1つ目は、「突進パターン」です。これは、あまりにも海外のことに関して無知で、どのようなリスクがそこにあるのかまったく想定ができておらず(当人は想定できていると思い込んでいる場合が多い)、もちろん戦略も持たずに、日本国内でそれなりにやってきた自負で海外も同じようにやろうとするパターンです。ひたすら突進し、赤字幅がある程度まで行くと撤退するという、一気に 出て、一気に撤退するパターンです。中小企業になればなるほど会社の性格=社長の性格なので、このような社長が旗を振って進める海外展開は非常に危険です。もちろん、突進力は海外事業を行う上では大変重要で、その突進力に戦略性が備わっていると強いのですが、そのようなケースはかなり稀です。
次は、「他人事パターン」です。これは、自社の海外展開にもかかわらず、 どこか他人事で、自分たちは中堅中小企業で弱者なのだから、行政機関などがタダで手伝ってくれて当たり前だ、誰かが自分たちを助けてくれるべきだろう、というマインドの企業です。
例えば、「JETROやJICA、経産省、商工会議所は、無料でどんな支援してくれるんですか? どの程度の補助金や助成金をもらえますか?」と考えている中堅中小企業は少なくありません。
JETRO などの行政機関から有益な情報を得るのは得策ですし、使える助成金があれば使うべきだとは思います。ただ、彼らは企業の海外での売上について手伝ってはくれません。海外事業を行うのは企業本人です。従って、行政機関の支援ありきの海外展開ならば、はなから海外展開はすべきではないでしょう。私の知る限り、行政機関頼みの企業で海外事業に成功した企業は1社もありません。
そもそも海外展開に成功している企業は、 行政機関は情報収集ツールの1つ、としか捉えていません。厳しいことを言うようですが、自分で費用負担をして、リスクを取れないのであれば海外には出るべきではないでしょう。
3つ目は、「性善説パターン」です。海外で事業を行おうとすると、海外で色々な人に出会います。そしてその多くは海外で事業を行いたい中堅中小企業よりも現地に精通しています。知識もコネも何もかも。そんな人に現地で出会い、片言でも日本を話そうものなら、「これは運 命の出会いだ! この人をパートナーとして一緒に事業をやろう!」となることがあります。そして、自分たちは商品を作ることには自信があるが、現地で売るのはやはりパートナーの役割だからと、売ることのすべてを彼らに依存していきます。そして、次第に彼らへの依存度が増していき、言いなり状態になるのです。それで売れればよいのですが、必ずしもそうとは限りません。最悪の場合、「騙された!」となるわけです。
なぜなら、そもそもそのパートナーは出会いで決めており、自分たちよりも現地に精通しているということで、完全に力関係でイニシアティブを握られてしまっているケースが大半だからです。小学生にとって、中学生は大人に見えます。しかし、大人になると、中学生は子供にしか見えません。これと同じです。海外のことを何も知らない企業にとって、現地で出会うすべての人は自分たちより圧倒的に優っていると感じます。だからパートナーとして組みたいとなります。
しかし、物事が性善説で進むのは日本ぐらいで、残念ながら中国やASEANでは必ずしもそうはなりません。最初は良いと思っていたパートナーも、数年すると最悪のパートナーになるケースも少なくありません。「具体的にどう良いのか」「他社(他の選択肢や自分たちの競合のパートナー)と比較して何が優っているのか」そして、「自分たちは彼らをマネージメント(管理育成)できるのか」が明確でなければ、パートナーとの関係は大半が失敗してしまいます。
このように、多くの中小企業には、「突進パターン」「他人事パターン」 「性善説パターン」と、大きく分けて3つのパターンが存在します。まずは、
このマインドセットを改めるところから始める必要があります。
中小企業の戦い方の基本的概念
マインドセットを改めたら、次は戦い方=つまりは戦略の基本的な概念、考え方を理解します。中堅中小企業は、大企業と同じ戦い方をしてはいけません。というより、同じ戦い方をする必要がないのです。なぜなら、大企業と中堅企業と中小企業では求める事業規模が違うからです。つまり、収益です。大企業は海外で数百億円、数千億円の売上を求 めます。一方で中堅企業は、とりあえず10億円、将来的には100億円まで売り上げたい。中小企業は、まずは数億円程度から始まり、最終的に数十億円に成長すれば十分といったところでしょう。そうであるならば、大企業と同 じ土俵で戦う必要はまったくないのです。
だからこそ、最初にすべきは、「何年で、いくら売り上げたいのか?」をはっきりさせることです。それがはっきりすると、やるべきことが明確になり、戦略を作ることができるのです。また、注意点として、戦略の中身を細かくしすぎないことも重要です。100億円を目指すのと10億円とでは、難易度がまったく異なります。戦略の本筋だけを効率的に捉え組み立て、さっさと実行に移した ほうが効果的です。中小企業は、この戦略の本筋をしっかりと捉え組み立てて実行することができていないことが多いのです。そして、その多くは、自身の経験値からある程度勝てる算段があって、その考え方で行っているからです。これ が非常に厄介なのです。独特の市場を形成する日本とアジア新興国では勝手は大きく異なります。大企業が行うような細かい分析をベースにした戦略など必要はありません。しかし、ポイントはしっかりと押さえなければなりません。
「アジア新興国なんて昔の日本の市場みたいなものだろう」では、今の 新興国市場は攻略できません。大枠でよいので、戦略の本筋だけはしっかりと捉える努力をしてください。これが捉えられているか否かで、結果が 大きく異なってきます。
〜「人脈がある」に騙されない〜
「能ある鷹は爪を隠す」という言葉があります。私が海外と関わってきたこの30年間で思うのは、この言葉は万国共通だということです。
中小企業が海外でビジネスを行おうとすると、現地で色々な人と出会います。中には、日本ではいささか考えにくい人的つながりがあるから任せておけといった類の話をする人がいます。例えば、「共産党に強いコネがある」「財閥グループに強いコネがある」などです。日本に置き換えると、「自民党に強いコネがある」「三井や住友に強いコネがある」となります。こんなことを日本で言われたら、聞こえないふりをして静かに退散しますよね。それはアジア新興国でも同じです。確かに、新興国のビジネスにおいては、人脈が日本以上に重要なケースはあります。発展途上の国では政府や財閥と近しい関係になりやすいのも事実です。
一昔前なら実際に多くの物事がそのような人的つながりで動くことはありました。しかし現在、人脈ですべてがうまくいくことなどありません。私は仕事でアフリカにもよく行きますが、アフリカの小国でさえ、コネがあるからといって現地政府が日本の一中小企業のためになんらかの経済的融通をするなどということはありません。アフリカですらないものが、今の中国やASEAN では起こりえないのです。従って、「共産党とのパイプ」や「財閥とのコネ」といった 類のキーワードが出たら要注意です。ポイントは、「戦略」ではなく、「人脈」でなんとかしようとする相手とは組まない、ということです。理由はシンプルです。うまくいかなかった際に、何の対策も打てないからです。
「人脈」という魔物に 囚われると、すべてを相手に委ねることとなり、淡い期待が次第に強 くなり、いつの間にか完全に相手に取り込まれることになります。 戦略はコントローラブル(操縦可能)ですが、人脈はアンコントロ ーラブル(操縦不可能)です。アンコントローラブルな要素が大半な ビジネスほど、不安定なものはありません。人脈は重要です。ただし、 それは戦略ありきで活きるものなのです。