HOME » コラム・対談 » 【連載】日本企業とグローバル・マーケティング » Vol.5 戦略をアップデートせよ、「Made in Japan」が失墜する前に

コラム・対談 COLUMNS

【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol.5 戦略をアップデートせよ、「Made in Japan」が失墜する前に

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

かつての栄光が失われた理由

「Made in Japan」。そう記された商品は、1980年代、1990年代にドリームプロダクトとして世界中で憧れの的でした。しかし今、必ずしもそうではない世界が広がっています。この30、40年の間にいったい何が起こったのでしょうか?日本製品の品質が低下してしまったのでしょうか?それとも機能が衰えてしまったのでしょうか?答えは、そのどちらでもありません。

― ではなぜ「Made in Japan」からかつての栄光が失われてしまったのか?

勿論、世界には未だに日本製は素晴らしいと特別な感情を抱いている人たちはいます。彼らにとって日本製は良品の代名詞なのです。しかし、そこには大きな年齢の差が存在します。日本製に特別な感情を抱く人たちの年齢は、圧倒的に40代以上が多いのです。50代、60代と上に行けば行くほど好意的です。逆に30代以下は日本製に特別な感情は持っていません。20代や10代ともなれば、生まれてこの方、日本製よりもずっと多くの中国製や韓国製に囲まれて育ってきており、中国製や韓国製の方が自然であり、当たり前の存在なのです。寧ろ、日本製よりも良いモノであるといった認識すらもっているのです。この30、40年で、日本製を取り巻く環境は大きく変わりました。競争環境と市場環境が劇的な変化を遂げたのです。今回は、この競争環境の変化について掘り下げていきたいと思います。

競争環境の変化とは、分かりやすく言うと、かつて日本企業しか作れなかったモノが、中国や台湾、韓国の企業でも作れるようになったということです。そして、ただ作れるだけでなく、多くのモノは日本製と粗変わらない品質レベルで作れるようになったのです。要は、ハード面での差が限りなく小さくなってしまったということです。そのため価格の安い中国製や台湾製、韓国製が選ばれるようになっていったのです。
そして、彼らとの差はこのハード面だけに留まりませんでした。インターネットの出現で、様々なモノがIoT(Internet of Things)化され、ハード以上にソフトが重要視されるようになりました。しかし、多くの日本メーカーは、ハードの品質神話に取り憑かれ、ソフト面でのイノベーションに遅れを取ったのです。ハード面の差が限りなく小さく、ソフト面はむしろ優れていて、価格が安い。どちらを選ぶかは火を見るよりも明らかです。この30、40年で世界の人々にとっては、「Made in Japan」以外の選択肢が増えたのです。今、世界の若者は、「Made in Japan」以上に「Made in China」で育っています。そして、「Made in Japan」だけが良品の象徴ではなくなり、また「Made in China」は粗悪品の象徴でもなくなったのです。年配の日本人にとっては認めたくない事実かもしれませんが、分野によっては既に「Made in China」の方が優れていることすらあるのです。これが昨今のグローバル市場を取り巻く新たな時代の常識なのです。

「安かろう悪かろう」から「安かろう良かろう」に

中国の製造業が発展した背景には、やはり民間の努力だけでなく政府の強力な後押しがありました。中国政府は「中国製造2025」という政策を掲げており、新製品や新技術の開発に積極的な姿勢を示しています。これは製造という分野にスポットを当て、中国の製造業をどんどん強化していこうという政策です。具体的には三つのステップがあります。まず2025年までに製造強国の仲間入りをすること。次に、2035年までに製造強国の中でも中間くらいの地位を維持することができるようになること。そして中華人民共和国建国100周年にあたる2049年には、製造国として世界のトップに君臨することが目標となっています。こうして国を挙げて製造業を支援しているからこそ、中国の技術は右肩上がりで向上しているのです。IT関連やロボット事業はもちろん、海洋関係や宇宙関連の技術など合計10分野に対して重点的に投資することが決まっています。国別の特許出願数を見ても、中国は1年間で120万件以上の特許を出願しており、他の追随を許さないほどに技術の開発が進んでいることが分かります。

その中国のライバルとして挙げられるのが韓国メーカーであるサムスンです。サムスンが開発したスマートフォンGalaxyは高い人気を誇っており、日本国内でもスマートフォンの週間売上ランキングにランクインするほどです。またいち早く5Gに対応したスマートフォンを発売するなど、技術力の革新には余念がありません。

台湾企業として有名なのはフォックスコンでしょう。iPhone、ノキアなどのスマートフォン、ニンテンドースイッチなどのゲーム機の製造で知られ、SHARPを買収したことでも有名です。

世界のユニコーン企業の約3割は中国

未上場にもかかわらず評価額が10億ドル(約1,100億円)を超えているベンチャー企業のことをユニコーン企業と呼びます。ユニコーン企業は世界じゅうに230社ほどあり、そのうちの60社以上が中国に存在します。実に世界のユニコーン企業の30%近い数です。日本はというと、たったの3社しかありません。ひと昔前の中国のユニコーン企業には、アリババ(阿里巴巴)やバイドゥ(百度)、テンセントなどがありましたが、ここ最近、高い注目を集めるユニコーン企業の代表格といえばアリペイを運営するAnt Financial(螞蟻金服)や、TikTok運営のByte Dance(字節跳動)。そして、中国版UberのDidi Chuxing(小桔科技)などがあります。中でも近年、特に注目されているのがRoyole(柔宇科技)です。Royole(ロヨル)は世界で初めて折りたたみ式のスマートフォンを開発した企業です。薄くて柔らかく、折りたたんだり曲げたりできるディスプレイの開発はまさに世界を革新する技術だともいえます。フレックス・パイという名のその端末は、通常タブレットほどのサイズです。そのままキーボードを接続すればパソコンのように使うことができますし、通話をするときには折りたためば簡単に耳元へ当てることができます。この画期的な発明は世界中に驚きをもたらしました。すでに深センに工場が整えられており、量産体制に入るのも時間の問題といったところです。

また中国企業は、2025年に市場規模が1兆円に達すると予想されているドローン・無人ヘリ市場への参入にも積極的です。中国のDJI社はドローンの世界シェアの7割を握っており、その勢いはとどまるところを知りません。小さくて高性能、高機能なカメラを備えたドローンは空からの動画・静止画撮影用として高い人気を誇っています。DIJ社は自社のドローンに搭載されている半導体や部品のほとんどを自社開発しているといわれており、今後の成長にも目が話せません。

猛追が止まらない中国のハイテク化

自動車の分野でも中国の発展は止まりません。中国ネット検索最大手であるバイドゥ(百度)は自動運転AIに関するソフトウェアをオープンソース化し、それを「アポロ計画」と名付けました。国内外を問わず130社以上がこの計画に参加しています。その130社以上が矢継ぎ早にこのAIを進化させることにより、開発スピードは格段に上がっています。その130社の中にはボルボ、フォード、ジャガーといった自動車大手メーカーも含まれており、それらの企業と提携しながら自動運転の研究が進められています。

「アポロン」と名付けられた自動運転のバスは乗客を乗せての走行実験が継続中で、走行距離は1万キロを突破しました。限られた条件下においてすべての運転をAIが担当し、緊急時にもドライバーの操作は必要ないとされる自動運転レベル4を達成しています。2019年からは中国南部の湖南省長沙において自動運転タクシーの実験も開始されています。100台の無人運転タクシーを実際に走らせ、走行データを取りながら自動運転の技術を磨いていくのです。中国には河北省雄安新区をはじめとした政府公認の自動運転実験道路があちらこちらにあり、その道路を利用してさまざまな企業が自動運転の実験に着手しています。

このような技術面での進歩はスマートフォン決済にも生かされています。中国ではすでにQRコードによるスマートフォン決済が市場を席巻しており、現金やクレジットカードを使う人はほとんど見受けられません。小規模な飲食店でも、街の小さな売店でもQRコードをかざせば決済ができます。またQRコードをかざすと鍵が開いて使用できるレンタサイクルも早くから浸透していました。配車も出前も何もかもスマホさえあればQRコード一つで決済が済むのです。子供へのお小遣いや、友人同士のお金の貸し借りもQRコードです。驚いたのは、都会のホームレスの人たちも物乞いをQRコードでするのです。

「Made in Japan」はもはや武器ではない

世界の時価総額ランキングを覗いてみましょう。上位はもちろんアメリカの企業で埋め尽くされ、米Appleや米マイクロソフト、米Amazonが台頭しています。しかし7位には中国のアリババ、8位にはテンセントがランクインしています。日本企業を探してみると、40位を超えた付近にようやくトヨタ自動車の姿が見える程度です。平成元年の世界の時価総額ランキングでは日本企業が上位を独占しているような状態だったのですが、30年でここまで世界は変わってしまったのです。このような変化をいったい誰が予測できたでしょうか?

今や世界では、高品質な日本製や日本企業製というだけではなかなかモノが売れなくなっています。今後、成長著しいアジア新興国市場の中間層をも取り込んでいくのであれば、このことは特に確りと理解しておく必要があるでしょう。80年代や90年代、世の中のありとあらゆるものは日本製で埋め尽くされていました。しかしそんな時代はとうの昔に過ぎ去っています。今では、中国製や台湾製、韓国製など、日本製意外のさまざまな選択肢があるのです。今、日本企業に求められているのは、「高品質」だけに頼ったグローバル戦略ではなく、マーケティングを駆使した新たな時代のグローバル戦略なのです。これからの日本の企業の巻き返しに大いに期待したいと思います。