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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 13 海外展開に失敗する企業がおかす3つの過ち

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

戦略以外のものに依存して失敗する

私は過去20年近くにわたり1,000社以上の海外展開の支援を行ってきました。その中で感じたのが、大手企業ですら、非常に根本的な過ちをおかしているということです。海外展開に失敗している企業は、現在、実行しているプロセスの中で、売ることを「モノ」か、「パートナー」か、「ヒト」のいずれか、またはそれらの複数に依存しているという事実があるのです。この「依存」が、海外で売上やシェアを上げるための大きな妨げになる、大変危険な存在だということを知っておかなければなりません。

依存1 モノありきの海外展開

まず、最初は、「モノありきの海外展開」です。前項でお話ししたように、2000年以降は多くのアジア企業が競合となり、今では、性能的にはそれほど変わらない製品が安価に出回る時代になりました。それにもかかわらず、高い技術力や品質が最大の武器になると信じて疑わない日本企業は未だに少なくありません。 「日本の厳しい消費者に鍛えられて、勝ち残ってきた商品なんだ」、「他国のメーカーには真似できない技術なんだ」、「うちの商品は品質が良いので、若干高くても当たり前だ」……このような考え方は、「いいモノさえ作れば売れる」と、売ることのすべてがモノありきで、モノに依存している海外展開のパターンです。

日本で作っている商品をそのままアジアでも売ることができれば苦労はしません。しかし、アジア新興国という中間層や貧困層が最も重要なターゲットである地域に進出しながら、日本国内市場の感覚のままで売ったのでは、結果として富裕層しか狙えません。まるで「買えない人は買わなくていいんです」と言っているかのようです。「買えない人は買わなくていい」というスタンスがふさわしい企業は確かにあります。その究極が、例えば、フェラーリやロールス・ロイスなどの超高級車や、パテック・フィリップやオーデマ・ピゲなどの超高級時計、そして、エルメスやブリオーニなどの超高級ブランドです。彼らは、歴史と伝統を重んじ、そこにストーリーを作り出します。自分たちのスタンスを消費者の顔色などで絶対に変えません。「これが私たちです。求めている人はどうぞ。そうでない人は買わなくて結構です」というスタンスを貫く。それに対して消費者が酔いしれて、熱狂的なファンになっていく。一部の富裕層は実際にそれを手に入れ、手に入れられない中間層も、買えないにもかかわらず憧れを抱く。

しかし、食品、飲料、菓子、日用品といった一般消費財の業界では、こうしたスタンスはなかなか通用しません。なぜならば、これら食品、飲料、 菓子、日用品といった消費財のビジネスの真髄は、「いかに多くの人に、 いかにたくさんの量を、いかに早い頻度で、いかに繰り返し買ってもらう か」だからです。近いカテゴリーで、「買えない人は買わなくていい」というスタンスが 通用するのは、高級チョコレートや高級化粧品を売る一部のメーカーといったところでしょう。こうした一部のブランドを除き、一般消費財メーカーが「買えない人は 買わなくていい」というスタンスを取り続けるとしたら、現地の市場がその商品を買えるだけの所得に上がってくるのを待ちながらアジア新興国に展開しているに過ぎません。もし本当に高所得者だけを狙うのであれば、アジアではシンガポール、香港、台湾、韓国くらいに止めておくべきです。アジア新興国の最大の魅 力は拡大し続けている中間層にあるので、中間層を狙えないなら、そもそもアジア新興国に出る意味はまったくありません。

現地には現地の売り方がある

「良いモノさえ作れば売れる」という考え方は、完全にリセットすることが重要です。私たち日本人が「良い」と思うモノと、アジア新興国の人たちが「良い」と思うモノはまったく違うのです。例えばチョコレートでいうと、日本では100円前後が相場でしょう。しかしアジア新興国では、その辺の屋台でなら、満腹になるような食事が数 百円で食べられるわけです。そんな世界でチョコレートを100円で買う人はおらず、必然的に数十円くらいまでが適切な価格になります。日本の100円のチョコレートをそのまま輸出したら、関税やら、流通マージンやらがかかって売値は数百円に膨れ上がります。これでは中間層という最も重要なマーケットに入っていかないのは当たり前です。であれば原材料を変えてはどうだろうか。消費財メーカーが原材料の変更をすることにはリスクが伴い、社内調整も難しいものです。海外事業部の社員が現地に合った商品を作るために、原材料から変えて価格を下げようとしても、なかなか社内で合意が取れないでしょう。「原材料を変えて何か起きたら、誰が責任を取るんだ」などという話が出る中で大きな変革を起こすことは、ものすごく大変だということは私も十分理解しています。しかし、そこを変えないと、現地でシェアを取ることはおろか、いつまで経っても細々と輸出を行うだけの導入期の状態から抜け出すことはできません。

また、梱包形態を変えるのも重要な手法の1つです。アジア新興国で重要なのは、今、欲しい分だけを小分けにする方法です。この方法だと、グラム当たりは当然値段が高くなるのですが、個人のキャッシュフローが何よりも重要なアジア新興国の消費者にとっては、仮にグラム当たりは高くても、将来欲しくなる分を今買うよりも、今欲しい分だけを買える買い易さを提供することが重要なのです。

依存2 パートナーありきの海外展開

2つ目は、「現地パートナー頼りの海外展開」です。よくありがちなのが、現地のことは不案内なため、「とにかく現地の強力なパートナーと組もう」という発想です。現地の財閥系企業や同業種メーカーと合弁会社を設立し、現地での販売 のすべてを現地のパートナーに依存する展開パターンが多く見られます。パートナーというのは確かに重要ですが、大手のパートナーを見つけ、自分たちは作る人で、売るのはパートナーと考えて丸投げしてしまうようでは、なかなかうまくいきません。

現地企業と合弁会社を作って終わりのケースも多い

例えば、インドネシアやタイの有名な財閥と組んで、「現地の〇〇財閥と合弁企業を設立しました」、「事業提携をしました」と発表すれば、日本のステークホルダーは確かに安心できそうなイメージを持つでしょう。しかし、アジアの財閥は、資源、不動産、通信、金融、ホテル、製造業、小売りなど、様々な事業を手がけています。その各事業において世界中の企業と事業提携をしているわけです。つまり、皆さんの会社との事業にプライオリティを高く置いて、本気で取り組んでくれるかどうかは未知数だということ。強いパートナーと組んだはずなのに、何年経っても現地におけるマーケットシェアが伸びず、最終的には提携解消の結末に陥った事例など数多く存在します。グーグルで、「合弁解消 アジア 販売」と検索してみてください。

また、現地の同業種企業と合弁会社を設立するのは、日本企業の場合よくあることです。ただ日本企業は、パートナー企業の製品や技術にはまったく関心がなく、彼らへの生産委託と、彼らが持つ販路に期待をします。「この会社の販路を使って自社商品を売ろう」と。しかし、同業種の彼らにすれば、日本のオーバースペック品よりも、自分たちが単独で作っている商品を売ったほうがよっぽど売れるし、利益率が高いわけです。むしろ彼らが求めているのは、日本企業が持つ高度な技術力です。こうして同業種との合弁会社は、お互いの企業の利害関係が合致せず、失敗に終わることも少なくありません。

パートナーへの販売丸投げが失敗の要因

こうした失敗の原因は、決して「パートナーと組んだこと」ではなく、「パートナーに丸投げしたこと」です。そもそもマーケティングとは「商品を売る」だけではなく、市場調査から始まり、商品を開発、生産、販売し、資金を回収するまでの一連のプロセスのことを指します。その前半だけを「私たち、作る人」とやって、後半をパートナーに「あなたたち、売る人」とやらせても、なかなか市場に受け入れられるものではありません。それでうまくいったとすれば、ただ単にラッキーだっただけでしょう。確かに、合弁パートナーがよくて成功をした事例がインドネシアにはいくつか出ています。しかし、それらの企業は、インドネシアでは高いシェアを築けたものの、ベトナムやフィリピンでは築けませんでした。「たまたまインドネシアには良いパートナーがいたが、ベトナムやフィリピンはいなかった」ということになるわけです。

こうした事例からも、「売る」ことを完全にパートナーに委ねた事業提携や合弁会社では成功できないことがわかります。日本の会社側が「売る」ことを深く理解した上で、パートナーに任せられるかが大変重要なのです。「売る」ための戦略を理解した上で任せるのと、「よくわからないからお願いね」と丸投げするのとでは、得られる結果はまったく異なります。不測の事態に陥った際に、売るための戦略を理解していないので、まったく 対策が打てないどころか、パートナーの説明にうなずくことしかできないのです。これでは完全にパワーバランスが崩れます。日本なら、そんな状態であっても、露骨にパワーバランスをはかってくる企業は稀かもしれませんが、アジア新興国の企業のオーナー経営者の大半は華僑です。どんなに信頼しても、常に優位なパワーバランスは維持しなくてはなりません。アジア新興国では、せっかく良いパートナーと出会っても、こちらが優位なパワーバランスを維持することを放棄したら、友好的な関係を継続させることは難しいのです。任せていれば大丈夫、わかってくれているはずが通用するのは、日本国内だけであることを今一度理解してください。

依存3 ヒト(駐在員)ありきの海外展開

そして、最後が、「ヒト(駐在員)ありきの海外展開」です。よくビジネス誌に、『グローバルな勝ち組日本企業』などという特集記事が出ています。それを見ると、「インドネシアに〇年駐在している○○さんが成功の立役者」といった見出しが躍っているため、駐在員の質が海外展開の決め手になるような印象を持っている方も多いでしょう。確かに駐在員の質は高いに越したことはありません。しかし実際には、多くの日本企業は現地の駐在員の質の高さに依存し過ぎる、もしくは質の低さに翻弄される、という状況になっています。重要なのは、駐在員の質に頼らず、1カ国での戦略ベースの成功パターンを方程式として他のアジア新興国においても水平展開できるかどうかです。これができている日本のメーカーは、私の知る限りほとんどありません。

「属人的」ではなく「戦略的」に

日本の企業でよくあるパターンは、特に戦略を持たずに「とにかく行ってから学べ」、「走りながら習得しろ」、「重要なのは、気合と根性だ」と、駐在員を現地法人に送り込むパターンです。
経済成長が著しいASEAN 市場で欧米だけではなくアジアの消費財メーカーも脅威となっている今、日本国内のマーケットに慣れ親しんだ社員が海外の地ですぐに活躍できるわけがありません。現地の生活に慣れるのに3年、仕事がそこそこできるようになるのに5年、現地市場を熟知するのに10年という月日が必要になるでしょう。一方、日本企業のアジア新興国の駐在期間の多くは5年以下です。一人前になる前に帰国です。また、10年以上のキャリアを積み、質が上がった駐在員がいる国ではそこそこ成功を収めていても、この成功体験は会社の戦略ではないため、そのノウハウは会社に蓄積されておらず個人に蓄積されます。他の国ではまた、他の駐在員がイチからキャリアをスタートし、 一人前になるには10年かかるのです。従って、他国への展開ノウハウが掛け算になっていかないのです。

また、駐在員のレベルが低いうちは、現地採用の社員についても優秀な人材ではなく、マネジメントしやすい人材ばかりが集まる傾向にあります。ひどい企業では、日本人と会話ができなければ仕事にならないので、現地人幹部は日本語が必須で、日本語ができなければ偉くなれません。優秀な現地人と、日本語ができる優秀な現地人では、母数がまったく異なります。これは、日系企業の現地スタッフのレベルが先進グローバル企業と比較して著しく低い大きな要因の1つになっています。他にも、本社に戦略がないことは駐在員のみならず、現地法人と本社の間に距離を生み出しています。その代表的なものが、「OKY」です。O K Yとは、「お前が、来て、やってみろ」の略です。戦略がない、もしくは、現地市場にそぐわない戦略を作り、それを駐在員にやらせ、結果が出ないことに不満を言う本社に対しての駐在員の気持ちです。もちろん、彼らも本社に真っ向からそんなことは言えませんので、現地で親しくなった他社の日系企業駐在員同士で、夜な夜な酒を飲みながら口にする愚痴の代表例です。

重要なのは本社の確固たる戦略

これまでお話ししてきた「モノ」「パートナー」「ヒト」のいずれか、または複数へ依存してしまうパターンはすべて、日本の本社が戦略を持っていないことに端を発しています。「いいモノを作っているから売れるはず」、「現地のことは現地の人が一番知っているんだから、パートナーに任せれば売れるはず」、「駐在員が気合と根性を入れれば売れるはず」と、戦略以外の何かに依存することをまず 変えていかなければ、現地でシェアを取ることなどできません。一般消費財メーカーに限らず、耐久消費財や、B2B(企業と企業の取引。部品や機器、設備など)の企業でも、企業が依存してよいのは、自社の確 固たる戦略だけなのです。本社が確固たる戦略を持ち、その戦略に応じて、もの作りや現地法人、駐在員のマネジメントを行うことが肝心なのです。