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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 17 海外事業の立ち上げは第二創業と同じ

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

0を1にする能力が求められる

海外展開を考えている企業は、日本国内でのビジネスにおいてある程度の成功を得ていることでしょう。日本国内では、高い知名度があり、消費者の強い支持を受け、小売店の厚い信頼や強固な販売チャネルを有していて、ノウハウもあり、オペレーションもしっかり回っているに違いありません。それは皆さんの会社が設立されてから現在まで、創業者を筆頭に諸先輩方が市場調査や商品の企画・開発、試作を繰り返し行い、ようやく完成した商品を生産し、営業し、販売チャネルを作り、それを徐々に強固なものに作り上げてきたからこそです。現在ではその土台の上で事業が成り立っており、新製品を開発、生産し、販売促進にどう取り組むかという狭義のマーケティングができているのです。つまり、すでに出来上がった土台の上でビジネスをしているため、アカデミックな知識としてのマーケティングや、プロモーション的な意味合いでのマーケティングの経験はあっても、広い意味でイチから実践的なマーケティング活動を一気通貫で行い、それを進化発展させていくというケースはほとんどありません。

一方、アジア新興国でのビジネスは、日本国内とはまったく異なり、知名度や消費者の支持、小売店の信頼、販売チャネル、ノウハウ、オペレーションなどあらゆることがない状態です。つまり、事業をゼロから立ち上げる意味でのマーケティングが必要になるため、海外で起業するようなものなのです。今日会社を作ったら、今日からどんな商品を売るのか、どんなサービスを提供するのかを考えるところから始まって、誰に売るのか、いくらで売るのか、どのような販売網を作って売るのかといった課題をクリアしていかなければなりません。

こうした起業家に必要な作業が、海外で事業をする上では必要になるわけです。なぜなら、日本国内である程度の成功をつかんでいても、海外で は無名に等しい、もしくは社名や商品程度は知っていても、日本国内ほど理解されていないからです。

スキルとしても、日本でやっていることとはまったく種類の異なる能力が必要になります。日本国内では現状を維持する、もしくは現状の1を2 に、2を3にする能力が求められるのに対して、アジア新興国で事業をするということは、いかに0から1を作り出すか、つまり、起業するために必要なすべての能力が求められるのです。

新しいマインドセットが必要

0から1を生み出すためには、とにかく今までの経験値を捨てることが重要です。人間というのは自分が今までやってきたことで作られているため、過去の成功体験を捨てることはまるで自分を否定するように感じられ、とても難しいものです。頭では理解していても、なかなか過去の成功体験は捨てられません。し かし、文化も習慣も何もかも異なる新興国では、その先進国での成功体験が時として事業の邪魔をします。だからこそ、重要なのは、完全に捨てるのではなく、一旦どこかに置いておいて、ゼロベースで考えるということです。自分が今まで育ち、学び、仕事をしてきた先進国の環境とはまったく異なるアジア新興国でビジネスを展開するためには、これまでの常識や考え方を一旦忘れてしまうことが大切なのです。そしてある程度ビジネスが走り始めたら、日本での経験をそこに上乗せしていけばいいのです。ビジネスが走り出す前は、日本での成功体験が邪魔をしますが、ある程度ビジネスが走り始めると、日本での体験が今度は逆に活きてきます。その時まで、どこかに置いておくことが重要なのです。日本の常識は非常識、日本の良いは必ずしも現地の良いではないという感覚が本当に重要です。

現地ベースでの思考が大事

新進気鋭の経済学者であり、また自身でもインクルーシブ・ビジネスを行う会社の社長でもあるタシュミア・イスマル氏は、著書『ニューマーケ ッツ・ニューマインドセット』の中で、新興国のような新しいマーケットと向き合うためには、新たなマインドセットが必要だと言っています。つまり、今までの経験からなる思い込みや誤解を解くことが必要不可欠 だと書いています。イスマル氏はアフリカのインクルーシブ・ビジネス研 究の第一人者であり、南アフリカのプレトリア大学のビジネススクール(GIBS) の教壇にも立っていました。

インクルーシブ・ビジネスとは、BOP(Base of Pyramid)、つまり新興 国の貧困層を対象にしたビジネスです。一時期、インクルーシブ・ビジネス(BOP ビジネス)の名のもとに、いくつかの日本企業もアフリカやアジアなどで展開を試みましたが、未だいずれの企業も高い成果は出せていません。なぜかというと、どの企業も今まで日本でやってきたビジネスの延長線 上で、そこからそぎ落としていく発想でビジネスを行っているからです。いかにゼロベースで考え、そこに現地ベースで肉付けしていくかということがアジア新興国でもアフリカでも重要で、「日本ではこうだったから」や、「自分たちの会社はこうだから」という今までの常識や経験、成果をすべてリセットして考えないと、絶対に成功は望めないのです。0から1を生み出す時は、現状からの削ぎ落としでは決して何も生まれません。現地ベースで考え、そこに肉付けしていくことが重要なのです。