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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 18 戦略のベースは「マーケティングの基本プロセス」

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

「マーケティングの基本プロセス」とは

今までお話ししてきたように、アジア新興国でマーケットシェアを獲得するにはチャネルビジネスを行う必要があり、チャネルビジネスを行うということは、まさにグローバル・マーケティングを実践することであり、マーケティングに対する知識が必要です。しかし、マーケティングは、日本語に訳すことはおろか、アルファベットやカタカナが多く、頭では理解していても、それをうまく戦略づくりに活かせる人がどのぐらいいるでしょうか。そんな人のために、ここでは、「マーケティングの基本プロセス」をわかりやすく解説します。また、マーケティングの基本プロセスが、いかに戦略づくりに有効かをお話しします。マーケティングの基本プロセスは、戦略づくりの早道であり、このことだけを忠実に突き詰めていくことが、強固な戦略策定につながります。マーケティングの基本プロセスを突き詰めることで、自社は何に長けていて、何を弱みとしているかも認識でき、どこをどう強化して、戦略をさらに強固なものへと変えていけばよいのかもわかります。

まず、マーケティングの基本プロセスは、「現代マーケティングの父」といわれるフィリップ・コトラー氏が提唱したフレームワーク『R-STP-MM』です。

「R」はResearch(調査・分析)で、マクロ環境分析やミクロ環境分析、SWOT 分析の3つで構成されています。「STP」は、セグメンテーション(市場の細分化)、ターゲティング(顧客の絞り込み)、ポジショニング(市場における位置を知る)です。「MM」は、マーケティング・ミックスの略で、別名、4Pとも言われています。Product(商品)、Price(価格)、Place(販売チャネル)、 Promotion(販売促進)の4つを指します。

この『R−STP−MM』の3つを順番に組み立てていくことが、「マーケティングの基本プロセス」です。

アジア新興国におけるマーケティングの基本プロセス

ただ、マクロ環境や、ミクロ環境、SWOT、そして STPや4Pと言われてもいまいちピンとこない方も多いと思います。なんとなく理解できるが、なんとなく理解できない。これを海外事業、特にアジア新興国における事業に当てはめたら、ますますわからなくなります。

●「R」は、どんな市場で敵は誰か、勝てそうか?
そこで、こんな風に考えてください。まず「R」ではマクロ環境分析は、「どんな市場なのか」、を可視化する手段だと。新たな市場に進出する際には、当然、その市場がどんな市場なのか、儲かるのか儲からないのかをある程度調べると思います。それがマクロ環境分析です。そして、ミクロ環境分析は、その市場に「どんな敵がいるのか」を可視化する手段です。儲かる市場だからといって武器も持たずに出たら、そこに強い敵がいたとなれば、一撃でやられてしまいます。だからこそ、儲かる市場なのか否かと同じぐらいに、どの程度の強い敵がいるのかを調べておく必要があるのです。

SWOT分析は、では、「そこに自社が参入したら何が起こりそうなのか」を探るための手段です。要は、勝てそうか、負けそうか、儲かりそうか、儲からなさそうかです。こう考えると非常にわかりやすくないでしょうか。

●「STP」は、ターゲットは誰か?
次に「STP」は、セグメンテーション(Segmentation)、ターゲティング(Targeting)、ポジショニング(Positioning)の頭文字を取ったマーケティング用語ですが、セグメンテーションは「どのような層に売ったらいいのか」というざっくりしたセグメントの分類を指しています。例えば、男性に売るのか、女性に売るのか、年齢層はどうなのか、どんな職業なのかなどです。B2B 企業だと、例えば、大手企業のセグメントなのか、中堅中小のセグメントなのか、もしくは、業種は自動車部品製造なのか、家電部品製造なのかなどです。ターゲティングは、「その層の中でも具体的にどこをターゲットにするのか」です。ここは細かく可視化できればできるほど有効です。30代の女 性がターゲットであるならば、具体的にどこに住んでいる、もしくは勤めている、はたまた、どこの店を利用する30代の女性なのか等です。究極はバイネーム(個人情報レベル)でターゲットリストが手に入れられれば、それだけ売れる確度は高くなります。そして、最後が、ポジショニングです。これは「自分たちはどの立ち位置を狙うのか」です。競合他社と比較した場合に、どのような立ち位置でいるべきなのかです。

例えば、女性というセグメントで、さらに、20代の外資系に勤める女性をターゲットにした場合、自分たちのポジショニングは、あくまで高級品だが、ちょっと手を伸ばせば手が届く値段で、外資のキャリアウーマンが好んで使うようなイメージのポジショニングを取る、などです。

●「MM」は、ターゲットにどう売るか
そして、3つめの「MM」では、4つのPを考えます。

Product は「何を売るのか」、Price は「いくらで売るのか」、Place は「どこで売るのか」、Promotionは「どう知ってもらうのか」を戦略立てていくのです。 特に、本書で事例として上げている消費財メーカーの場合、アジア新興国市場におけるターゲットは絶対に最もボリュームの多い中間層でなければなりませんから、Productは、「中間層が求めている商品を(日本で売れたではなく、現地が求める商品)」、Priceは、「中間層が賄える価格で(賄 える価格 = 繰り返し買える価格)」、Place は、「中間層が買いやすい売り場で(近代小売はもちろん、伝統小売という小さな店舗の売り場でも)」、Promotionは、「中間層が選びたくなるような仕掛け(競合よりも多く選 ばれる仕掛け)」はなんなのかをベースに組み立てていかなければなりません。この4P については、大変重要ですので、今後、この連載でも別途、さらに解説いたします。

特に重要な2つのプロセス

このプロセスの中でも特に重要なのが、ミクロ環境分析である、敵を徹底的に知ることと、MM のプレイスにあたる販売チャネルを作り上げることです。特に日本企業はこの2つが弱いです。

「敵を徹底的に知る」とは、自分たちが出ようとしている市場の敵がどれぐらい強いのかを見極めることです。多くの日本企業は、国内では競合を意識するものの、なぜかアジア新興国へ行くと、現地企業に対しては「品質が悪いから競合ではない」と高をくくり、逆に欧米の先進グローバル企業に対しては「巨大過ぎるから、そもそも敵じゃない」と線引きしてしまいます。そして「我々は高品質のプレミアム路線だから、差別化できており、なんとかなるんじゃないか」と、楽観的な考えで出て行き失敗するケースが多く見られます。実際には、現地企業の安価な商品や、欧米企業のブランド力のある商品と戦うわけで、彼らを徹底的に分析して、彼らが過去20年、その国で何をやってきて、その結果、今、どのような戦略を取っているのかを知らなければ、自社の戦略を立てようがありません。敵の戦略を知らなければ自社の戦略は作れないし、敵の戦略の中から参 考にするべき事項もたくさんあるのです。戦略は、独りよがりのものであってはなりません。競争相手あってのものです。にもかかわらず、敵の脅威をぼんやりとしかわかっていなければ、当然、自社の戦略もぼんやりしてしまいます。

もう1つの「販売チャネルを作り上げる」とは、取りも直さず「ディストリビューション・チャネルを構築する」ことです。ディストリビューション(流通)のチャネル(経路)がなければ商品は店頭に並びませんし、並ばなければ消費者が手に取ることもありません。競合のディストリビューション・チャネルより、自社のチャネルが弱ければ、いつまでたってもストア・カバレッジ(配荷店の数)は伸びません。その差は、日々開いていくばかりです。特に無数に広がる伝統小売(小さな店舗の小売店)が重要なアジア新興国では、このディストリビューション・チャネルが日本以上に重要です。

多くの日本の消費財メーカーは、ただ管理が楽だから、共食いになったらよくないからという理由だけで、1つの国に1つのディストリビューターだけを置く、1カ国1ディストリビューター制を採用していることが多いですが、これでは不十分です。ディストリビューターについては後で詳しくお話ししますが、いかにエリアごとにディストリビューターを分け、広範囲のネットワークを作り上げられるかが大変重要になります。

わからないことを可視化して、課題を整理し、対策を考える

マーケティングの基本プロセスの目的は、わからないことを可視化することです。私が海外事業を組み立てたり戦略を考えたりする時にも、わからないことすべてをマーケティングの基本プロセスに当てはめて、R−S TP−MMの順に深掘って可視化し分析していきます。これにより課題が見えてきて、その課題を整理していくと、その課題に対して対策を考えることができるようになります。それこそが、「戦略」を作るということなのです。

R−STP−MMを突き詰めるということは、新しい知識や情報というインプットを増やすことであり、効果的な戦略というアウトプットを生み出すために絶対に必要なものなのです。インプットが少なければ、当然、アウトプットとなる戦略も薄っぺらく実態に合わないものになってしまいます。なぜ私が、この分野において、多少なりとも皆さんより長けているかと言えば、それは単に、アジア新興国市場のR−STP−MMに関する膨大なインプットがあり、そのナレッジを、自身のアジア新興国市場における様々な経験と重ね合わせ、効果的に戦略がアウトプットできるからなのです。

最後にまとめると、革新的な戦略を生み出すのに絶対に必要なのは、多くの質の高いインプットです。そのインプットは、マーケティングの基本プロセスというフレームワークに沿って突き詰めていくことが効果的です。マーケティングの基本プロセスを突き詰めていくと、自社の課題が明確に可視化されます。その課題を整理し、対策を考えることこそが戦略作りなのです。