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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 37 近代小売と伝統小売の密接な関係

著者:森辺 一樹
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長

近代小売で売れるものは伝統小売も売りたがる

近代小売(MT)と伝統小売(TT)には密接な関係があります。その1つが、近代小売で売れているものは取りも直さず消費者に人気がある商品なので、伝統小売オーナーも自分の店に置きたがるということです。そして逆に、伝統小売のストア・カバレッジが高い商品は近代小売でも一定の評価を受け、レジ前やコーナーなど、近代小売の店舗内でも人目につきやすい場所を好条件で確保することが可能になります。まず、なぜ近代小売で売れているものを、伝統小売のオーナーが取り扱いたがるかに関して説明すると、伝統小売は以前解説した通り、店の面積が小さい。従って、そんなに多くの商品を置ける場所がないのです。仮に も、同一カテゴリーの商品であれば、同じようなものを何種類も置くようなスペースはありません。そうなると、その限られたスペースに最も売れる商品を置きたがるのは当然のことです。また、伝統小売オーナーにとって、仕入れは正に真剣勝負です。仮に売れないものを仕入れて、売れ残ってしまったら、それだけで店の利益が吹っ飛んでしまいます。そんな重要な仕入れにおいて、初めて見るもの、売れるかどうかわからないものは絶対に仕入れないのです。伝統小売で売っているものの多くは、必ず近代小売での売れ筋商品なのです。日本の消費財メーカーの中には、このことを理解していない企業が少なくありません。

フィリピンの伝統小売は近代小売から商品を仕入れている

フィリピンでは、伝統小売のことを「Sari Sari Store」、通称、「SSS」や、「サリサリ」と言います。そして、フィリピンの小売市場のユニークなポイントの1つとして、一部の近代小売がサリサリに対する問屋の機能を果たしていることがあります。もっとわかりやすく言うと、サリサリのオーナーが、商品の仕入れを近代小売で行うのです。
日本で例えるなら、駄菓子屋のおばあちゃんが、イオンで商品を仕入れて自分の店で売る感じなので、非常に特殊な商業文化だといえるでしょう。実際には、小さなサリサリのオーナーが、それぞれ近代小売で商品を仕入れるというより、地域の取りまとめ役のサリサリオーナーが代表して近代小売へ行き商品を仕入れてきます。前回の連載で解説した地域一番店的伝統小売がそれに当たります。 フィリピンの3大近代小売は、SM、Puregold、Robinsons です。この中でもPuregoldが、「ALING PURING」というサリサリのオーナー向けのプログラムを設けていて、サリサリで売れ筋の商品がまとめ買いできたり、割引があったりと、サリサリオーナーにとって充実したプログラムになっています。また、店内にはサリサリオーナー向けの商品棚が用意されており、サリサリのオーナーは、これらのレーンで必要な商品をすべて仕入れることができるのです。これらのレーンに陳列されている商品は皆、一般の消費者が買うような1個入りではなく、10個、20個のまとめ売りになっており、サリサリのオーナーは、これらをバラにして1個単位で、10〜15%程度のマージンを上乗せして売るわけです。

アジア新興国の優先順位の違いとは

ここで1つの疑問が出てくるのではないでしょうか。日本人の感覚からすると、1店舗当たりの商品の仕入れの量は、伝統小売よりも近代小売のほうが圧倒的に多いため、当然ながら伝統小売よりも近代小売のほうが仕入れコストが安い。結果、伝統小売よりも近代小売のほうが商品の小売価格が安いのに、なぜ消費者は伝統小売でも買い物をするのか?つまりは、フィリピンのケースだと、Puregold で買ったほうが安いはずなのに、なぜサリサリで買う消費者がいるのかということです。その答えは、消費者にとっては、Puregoldでまとめ買いをしたほうが総額では安く済むわけですが、場合によっては、彼らは高くてもサリサリで1個単位で買うことを選びます。なぜなら、アジア新興国の消費者にとって最も重要なことは、個人や家庭におけるキャッシュフローだからです。私たち日本人なら、シャンプーやお菓子などの消費財はまとめ買いをして、「トータルで安く買えたほうがよい」と考えるでしょう。私の場合は、シャンプーとボディーソープ、歯磨き粉は洗面台の下に最低でも各2本予備を入れておかないと不安に感じてしまうので、迷わず2 本セットの割引の商品を選びます。1本を使いきるのは3カ月先で、予備を使いきるのは半年先であっても、まとめ買いを選ぶのが私たち日本人の一般的な感覚ではないでしょうか。

一方で、フィリピンは2050年度までにASEANで最も成長する国だと言われてはいるものの、現在ではまだほとんどの企業でお給料日が月に2回あります。お金が入ってきてはすぐに出て行くという生活の中で、何カ月も先に使うためのシャンプーを今買うというような余裕はありません。別に毎日シャンプーしなくてもいいし、必要な時に使うための1回分ずつ小分けになった最低限の量の商品を買いたい人もまだまだ多くいます。昭和初期の日本人が毎日お風呂に入らなかったのと同じです。つまり、フィリピンの中間層にとって、なんでも小分けで買えるサリサリは必要不可欠な存在なのです。そしてそこへ商品が流れる1つの流通経路になっているのがPuregoldの「ALING PURING」プログラムなのです。欧米の先進グローバル消費財メーカーや、ローカルのメジャーな消費財メーカーの多くは、必ずPuregoldをしっかりと押さえています。しかし日本の消費財メーカーの商品はほとんど置かれていません。置かれていても、サリサリに流れるような棚とは対極の輸入品棚(外国製の高い商品が中心の棚)が中心です。日本企業は、ここでも伝統小売に商品を流す大きなチャネルを活用しきれていないのです。