コラム・対談 Columns
本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。
Vol. 64 スキルセットよりも「マインドセット」
著者:森辺 一樹
まずはスキルセットで絞り込む
ディストリビューターの選定は、過去にこの連載でも解説しましたが、まずは絶対評価です。数年後に売上数十億円にしたいのに、現在の売上が5億円のディストリビューターでは、その可能性は著しく低いと言えるでしょう。
ディストリビューターは、相手の会社から商品を買って、在庫して、小売や2次店に売るのがビジネスモデルで、その中間流通マージンは果たす機能や量によって数%から数十%です。売上が5億円しかないディストリビューターが、数年内に数十億円を回せるとは考えにくいのです。
もちろん、絶対評価はキャッシュフローだけではありません。自社がターゲットとしている小売との関係が強いのか否か、小売への提案力や交渉 力はどうか。配荷エリアと、それらエリアでのマーチャンダイジング機能 は十分であるかなどなど。
私は、絶対評価の基準を「提案力」と「配荷力」と「資金力」の3つに集約し、絶対評価をするようにしています。
1つ目の「提案力」とは、ディストリビューターの小売に対する提案力を指します。
そもそも、自分たちがターゲットとしている小売との強い関係があるか どうかです。御用聞きレベルの関係なのか、それとも、小売バイヤーに一目置かれ、提案を真剣に聞いてもらえるだけの存在なのかなど、どのレベルの提案ができる関係なのかが重要です。
具体的に、どれだけの実績があるのかを数字で把握することが大切です。多くのディストリビューターは、「私に任せておけ。私はその小売と長年強いリレーションがあるから安心しろ」と言います。しかし、人によってこの「強いリレーション」の定義はまちまちです。
「そうですか。了解しました、任せます!」では、後に、商品を小売に入れられない、入れられても無駄に高い導入費がかかる、商品を入れたはいいが、場所が悪いなどの問題が起きても、何の対策も打てずにただただフリーズするしかなくなります。そのためにも、ディストリビューターの提案力を具体的に数字で把握することが重要なのです。
2つ目の「配荷力」とは、近代小売(MT)はもちろんのこと、伝統小 売(TT)を含めたディストリビューターの配荷力(デリバリー能力)を指します。どの近代小売にどのような商品を配荷できるのか。伝統小売に関しては、どのエリアのどのレベルの伝統小売に何万店舗、何十万店舗配 荷できるのか。サブ・ディストリビューター(2次店や3次店)の活用実態はどうなっているのか。セールスはどのレベルまでできるのか。デリバリーはどうなのか。マーチャンダイジングはどうなのかなど、配荷に関わるあらゆることを具体的に数字で把握することが重要です。
そして、3つ目が先にもお話をしたディストリビューターの「資金力」、つまりはキャッシュフローです。ディストリビューターという商売は、メーカーから商品を購入し、一定期間在庫し、小売へ販売します。海外メーカーとの取引は、100%前金で支払い、小売からは後金で受け取っていますので、商売を回すためには資金力が必要になります。
年間50億円売りたいメーカーが、年商10億円程度のディストリビューターを活用しても、そもそもそのディストリビューターに年間50億円もの商品を買ってもらうことは不可能でしょう。従って、資金力は大変重要になるのです。
スキルが同じならマインドで決める
これらディストリビューターの「スキルセット」は、言うなればディストリビューターのケイパビリティ(能力)の評価です。ある一定のケイパビリティを満たしていなければ、ディストリビューターとしてはふさわしくないので、そこまでは絶対評価をして絞り込みを行うわけです。ただ、ある程度絞り込まれたら、スキルセットは一長一短となり、どこを選んでも大差がないレベルになります。
その後は、「マインドセット」での絞り込みとなります。そして、それは相対評価になるのです。
スキルセットが、その企業のケイパビリティであるならば、マインドセットは、その企業のパーソナリティです。そして、そのマインドセットを判断する3つの要素は、「企業理念」「社風」「社長の人柄」になります。1つひとつ見ていきましょう。
まず、1つ目は「企業理念」です。これは企業の存在意義そのものを決める大変重要なことですので、その企業の目指すべき姿が何で、使命が何なのか、そして何を共通の価値観としているのかは、しっかりと見極める必要があります。
理念のない会社にあるのは、営利だけです。企業にとって、営利は最も 重要ですが、理念のある営利と理念のない営利では、困難に直面した際の結果に大きな差が出ます。自社がディストリビューターとして活用する上では、最低限の共感ができる理念があるかどうかをしっかりと見極めましょう。
次は「社風」です。社風の合わない企業をディストリビューターとして活用しても、やはり長期的にはうまくいかないことが多いと思います。
社風は、企業理念、また、社長や役員など上層部の影響が大変大きく影響します。社風の合わない企業とは、結局、親密な関係を築くのは難しく、長期的な関係を考えると、うまくいっている企業が少ないのが現実です。自分たちがよいと思える社風があるのか否かもしっかりと感じる必要があるのです。
そして最後が、「社長の人柄」です。アジアのディストリビューターの9割は華僑のオーナー企業です。食品、飲料、菓子、日用品等の分野ですと売上規模は大きくても数百億円程度ですから、必ずオーナー社長と会って、その社長の人柄を理解してから契約を進めなければいけません。
その人柄に共感できなければ、これも長期的に良い関係を築くことは難しいでしょう。逆に、人柄に共感できるのであれば、そのオーナー社長をしっかりと押さえるべきです。超ワンマン企業ですので、社長の決断がすべてというケースは多々あります。オーナー社長をしっかり押さえて契約し、その後もしっかり押さえ続けられるか否かで成功確率は大きく変わってくるのです。
最後はオーナー社長の本気度合いで決める
結局のところ、ある一定のスキルセットをクリアできたら、その後の選定は、スキルセットよりも会社のマインドセットを優先するべきであることを、過去の経験から痛いほど感じています。もちろん、スキルセットのない相手とは何年やっても目標は達成できません。ディストリビューターの成長余力などは計算に入れるべきではありません。
しかし、ある一定のスキルセットをクリアしたら、後はオーナー社長のマインドセットです。わかりやすく言うと、能力が足りていても、やる気のない相手はダメだということです。重要なのは、最低限の能力があれば、あとはやる気です。そして、アジア新興国のディストリビューターは、完全トップダウンの企業が大多数なので、オーナー社長のやる気が本気か否かの見極めが大変重要です。
相手のマインドセットを高める努力も大事
また、ディストリビューターとファーストコンタクトを取ってから契約まで半年あるとすれば、その中で、どれだけ相手のマインドを高められるかもメーカーの仕事です。
戦略についてディストリビューターと議論を重ね、契約までに細かなディテールを詰めていきます。その戦略にディストリビューターのオーナー 社長が心を動かされてこそ、「この商品をこの市場で広めたい!」と、力を入れて取り組んでくれるのです。その結果、マーケットシェアが高まることにつながるのです。
FMCG メーカーで販売がうまくいっていない日本企業は、皆マインドセット以上にスキルセット(企業規模)で相手を決め、またマインドセットを高める努力もしてこなかった企業が非常に多いのです。
逆に成功している企業は、ディストリビューターにある一定のスキルセットが備わっていれば、後は徹底してマインドセットでパートナーを決め、その後も引き続きマインドセットを高める努力をしてきています。
それもただ気が合うということではなく、いかに自分たちの商品に興味を持ち、それを売るための具体策を考えてくれているのか。このポイントを重要視している企業は、皆一様に高い成果を上げています。
某大手食品メーカーの例では、かつては確かに相手の企業規模でディストリビューターを選定してきたのですが、数年前から考え方を変え、ある一定のスキルセットがあれば、あとはとことん議論して決めるという基本ルールを制定し、それに従って選定をしていきました。
結果、基本ルールの制定前と後では、売上が倍以上違うのです。このことにはこの食品メーカー自身が一番驚いています。
最後に、忘れてはいけないのが、相手もこちらの本気度を見ているということです。皆さんがディストリビューターのスキルやマインドを見極めようとする時には、ディストリビューターのほうも皆さんのスキルやマインドを見ていることを忘れてはなりません。
何より、こちらが本気で事業をしようとしているのか否かは、徹底的に見極められています。ディストリビューターとしても、相手が大した仮説も戦略も持たずにとりあえずやってみて、ダメなら引けばいいと思っているような企業なら構うだけ時間の無駄になるのです。