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【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 67 契約締結に向けての正しいアクション

著者:森辺 一樹

契約締結前に締結後のアクションをどこまで詰められるか

最終的に絞り込んだディストリビューターと契約を締結するにあたり、本来のあるべきプロセスは、次の図のようになります。日本企業の場合、ディストリビューターの発掘選定が終わり、ある程度絞り込まれたら、目標を達成するための具体的戦略を決めずに契約をし、後はお任せにしてしまう傾向があります。しかし、「作るのは私たち、売るのはあなたたち」と売るための戦略をディストリビューター任せにしてしまうと、多くの場合うまくいきません。
また、何か問題が発生した際に、問題の原因把握や、対策を講じることができなくなるため、何から何まで彼らの言いなりになってしまいます。しかし、ディストリビューターがすべてを把握しているとは限りません。問題の本質や対策をディストリビューター自身が把握しきれていないケース。
また、ディストリビューターとメーカーにはそれぞれの利害があります。彼らは、1社の商品だけを扱っているのではありません。他にも商品をたくさん扱っています。場合によっては、他社の商品販売のほうがディストリビューターにとってより重要なケースもあります。そのような観点から、問題がなかなか改善されないケースは多々あるのです。そうならないためにもディストリビューターとの契約は、契約後の目標を達成するための具体的戦略、KPI、プロセスを互いに決め、それを含めて契約を締結することを心がけましょう。

契約書には「守りの領域」と「攻めの領域」が存在しますが、多くの日本企業は、法務部が非常に優秀なため、守りの領域は完璧です。そして、その守りだけが固められた契約書でディストリビューターと契約をします。当然ながら防御が完璧ですから、何か大きな損失を被るということはあり ません。一方で、攻めの領域に手がつけられていないので、マイナスはないが、せっかく契約してもプラスもないといったことは少なくありません。
重要なのは、どのような目標をどのように達成するのか、その具体的戦略、KPI、プロセスを契約前にディストリビューターとしっかりと議論し、確定させ、それを含めて契約を締結することです。では、上図のプロセスを見ていきましょう。

最初にビジョンと戦略を語る

まず、先に解説した発掘選定プロセスを経て、数社のディストリビューターに絞られます。ここまでの絞り込み選定プロセスは主にスキルセット中心で行われてきました。ここでは、例えば5社に絞り込まれたとして話を進めます。この5社とそれぞれさらに具体的な話を進めるわけですが、ここからは、さらに具体 的なスキルセットと合わせてマインドセットをしっかり見て、数社、もしくは1社に決めて契約を締結するといった流れになります。

具体的に話をする前には、この5社と秘密保持契約(NDA)を締結します。秘密保持契約を結んだ後、まず何をするのかというと、メーカー側から の戦略説明です。自分たちのビジョンと戦略を語ることが重要です。先で解説したような自社の会社概要を語るのではなく、自分たちのビジョンと戦略を語ることが重要なのです。自分たちは、この国に何のために来て、どのようなことを実現したいのか。それを実現するための戦略は具体的にどのようなものなのか。
日本企 業の場合、モノの品質が良いのはわかっているので、それ以外の特にマーケティング戦略の話をすべきなのです。どのような消費者に対して商品を訴求したいのか。そのためには、どの 地域の、どの小売へ配荷すべきなのか。棚取りの戦略はどのようなものなのか。消費者への認知向上、プロモーション戦略はどう考えているのかなどです。そして、その上で、相手の考えを具体的な戦略として提案させるのです。

20年前ならまだしも、昨今、欧米のメーカーだけでなく、アジアのメーカーの成長も著しいアジア新興国市場において、「私たちは高品質な日本のメーカーです」だけでは、ディストリビューターは誰も相手にしてくれません。このようにしっかりとしたビジョンと戦略を説明し、相手の考えを具体的な戦略として提案させると、5社のうち、2社程度は去っていきます。理由は、興味はあるがそこまで本気でなかったり、そもそも戦略を提言できるほどの能力はなかったなど様々です。いずれにせよ、さらにディスリビューターは絞られていきます。このさらに絞られたディストリビューターからは、こうすべきだ、ああすべきだ、 自分たちは、これはできるが、これはできない。自分たちはここはやるから、ここはやってくれなど様々な議論が成されます。

図の1から3を繰り返し行い、契約を締結した後にどの程度 の需要予測ができるかをより明確にするのです。この最終的に残ったディストリビューターこそ自社が本当に組むべき相手なのです。私は1から3の議論をかなり重視していて、ここをしっかり行えばディストリビューターの意識も高まってくるという手応えを感じています。最適だと考えられるディストリビューターを選んだとはいえ、実際にビジネスを始めた後にどうなっていくかが一番肝心です。

ここをしっかり行わなければ、契約はしたが、そのあとの売上が希望的観測の域を出ず、売上予測が非常に精度の低いものになってしまいます。しかし、逆にこのプロセスにしっかりと時間を割き、正しく進めれば、締結前の仮説通りの売上を上げることができます。また不測の事態にも対策を講じることができるのです。
ここまでくれば、後のプロセスは形式通りの儀式的なものです。その後、4の段階に進み、メーカー側の海外担当役員とディストリビューターの社長とのトップ会談。そこで最後の確認を行って大筋合意に至り、契約締結といった流れになるのです。

〜新興国市場における秘密保持契約(NDA)の捉え方〜

新興国市場における秘密保持契約(NDA)についてお話しします。新興国市場では、NDAが日本ほど、しっかりと守られないケースがあることを理解しなければなりません。基本的には、守秘義務契約の内容は、よっぽど厳密な内容で契約書を作らない限り、仮に守秘義務を破っても、大したペナルティは現実的に課せられません。まず、守秘義務を本当に破ったということを立証し、それを破られたことでどれぐらいの損害を被ったかを立証し、その上で、その損害補填を争うことになるわけですが、そんな面倒なことまでして守秘義務違反を訴えるメーカーも希ですし、ディストリビューターもそれは十分承知です。かといって、まだ何の取引もしていない相手に厳密な守秘義務契約を課すのも現実的ではありません。従って、NDAは締結するものの、新興国では、伝えたことは、外に漏れる可能性があることを前提で話をするべきで、本当に秘密にしたいことは話さないことをお勧めします。それでも十分にディストリビューターとは契約交渉は可能です。