コラム・対談 Columns

【連載】日本企業とグローバル・マーケティング

本コラムは、日本企業とグローバル・マーケティングを様々な観点で捉え、日本企業がグローバル市場で高いパフォーマンスを上げるための方策を具体的に指南する連載シリーズです。


Vol. 75 どの地域を狙うべきなのか

著者:森辺 一樹

成功しやすい国と、失敗しやすい国

前項のような発展の経過がある中で、海外事業で成功しやすい国と、失敗しやすい国を解説していきます。
まず前提として、B2Bの場合は、産業集積地を攻める必要があったり、また開発段階でのスペックイン(採用)をするために開発拠点を攻める必要があったりしますので必ずしもこれに当てはまらず、インダストリーに左右されます。しかし、B2Cの製造業にとって最も成功確率が高いのは、先進アジアの香港、台湾、シンガポール、韓国です。韓国に関しては、昨今の日韓関係の悪化も徐々に薄れていくと思います。これらの国々の経済規模や、1人当たりGDP は、アジアの中でも日本に近く、国民も日本製に対する理解が深いのです。また、小売流通の近代化 も進んでおり、ディストリビューターなどの中間流通もしっかりしています。私はこれらを「グループ A」と分類しています。

次が、「グループ B」で、中国本土になります。中国は、最重要市場として捉えなければなりません。もちろん、中国は色々な懸案事項がありますが、それらの問題を加味しても断トツで重要な市場です。グローバル市場に展開する上で、中国を加えないという選択肢はありません。私はこのグループBを、その他のいかなるグループよりも重要視しています。そして、グループBの中国を都市別にグループB-1、B-2、B-3というようにさらに細分化しています。
特に、上海、北京、広州、天津、深圳、武漢、成都、重慶などは重点都市です。また、中国を華北、華東、華南の3つのエリアに分類し、エリア別、都市別でターゲティングしています。一気に攻めるのももちろん手ですが、中小企業の場合は、都市別、少なくともエリア別で攻めたほうがよ いでしょう。

そして、次が「グループ C」として ASEAN になります。このグループCの ASEANもグループC-1、C-2、C-2と3つに分類します。
先進ASEANのSMT(シンガポール・マレーシア・タイ)と、新興 ASEANの VIP(ベトナム・インドネシア・フィリピン)、そして、途上 国 ASEANのCLM(カンボジア・ラオス・ミャンマー)です。この3地域は難易度がまったく異なります。
まず、SMTのSであるシンガポールはグループAに属しますので、残るM とTのマレーシアとタイが対象になります。マレーシアとタイの2カ国は、シンガポールに次いで経済規模や1人当たりGDPが高く、またクアラルンプールやバンコクなど首都の経済発展が著しい国です。消費者の日本製に対する受容度も高く、輸出で十分稼げる市場です。

一方で、VIP は、まだまだ近代小売(MT)の数が少なく、比率でいうと2割程度です。残る8割は伝統小売(TT)なため、国によりそれぞれ数十万店から数百万店ある伝統小売を攻略しないと収益を上げることはできません。そして、これら伝統小売の攻略は日本からの輸出では、コスト的に配荷が難しく現実的ではありません。従って、現地生産が必要です。少なくともASEANか中国で生産したものでなければ価格的に難しいです。
VIP でこの通りなので、CLMへの輸出など到底無理であるということはおわかりいただけると思います。CLM で勝負できるのは、現在 ASEANの伝統小売市場において大きな実績を出せている先進的な企業だけです。

そして、「グループD」がインドです。このインドも中国同様に大変重要な戦略的市場です。特にここ近年のニューデリー、ムンバイ、コルカタの経済成長は著しく、今後、中国と同様に重要な市場になってきます。しかし、現在は、一部の都市はグループBの中国の都市と同等ですが、全体的にはグループC-2、C-3と同じレベルで中小企業にはハードルの高い国です。まずは、他のグループで実績をつけることをお勧めします。

そして、アジアではありませんが、アフリカの一部地域をグループEとして分類し、アフリカも将来の重要拠点として捉えています。このように、国によって難易度は大きく異なります。海外実績のない中小企業がいきなりハードルの高い国に行くことがいかに成功を遠ざけてい るかがご理解いただけたと思います。中小企業は、求めている売上がそれほど大きくなく、市場の1%や0.5%が取れればよいわけです。であれば、日本に近い先進的な国を選択し、すでに展開している先陣を見据えたフォロワー戦略(成功している先駆者を参考に最低限の利益の獲得を目指す)を徹底すべきです。革新的なことは一切考えずに貪欲に売りを狙う。それが中小企業の海外展開では最も重要です。

国ではなく「首都」を攻める

最後に、「国ではなく、首都を攻める」ことについて解説いたします。これは、中小企業が、特に輸出で海外展開をする際に、国全体をターゲットとするのではなく、その国で最も近代化が進み、人口が多く、1人当たりGDPが高い都市(多くの場合それは首都になる)を攻めることが戦略上、優れているという話です。
先に説明したグループAの香港や台湾、シンガポール、韓国などは、例えばシンガポールなどは、淡路島ほどの国土しかないので、どこを攻めても同じシンガポールです。香港も同様です。台湾と韓国も、首都の台北やソウルとそれ以外の都市では所得に差はあれ、十分に日本からの輸出品を買えるレベルであるため首都か否かを気にする必要はありません。

グループ B の中国も首都北京以外にも大都市が存在しますので、それら大都市ではビジネスは成立します。しかし、グループBの中国の田舎の中小規模の都市や、グループCの先進 ASEANの首都以外は、ターゲットに設定しても所得格差が大きすぎ、攻略できないとは言いませんが、攻略にかかるROI(Return on Investment)、つまりは投資対効果が悪いと言わざるを得ません。中小企業が求めている売上は大企業ほど大きくありません。であるならば、最も効率よく収益化できる大都市に集中するべきなのです。苦労をしてシェアを伸ばすことや、さらに売上を上積みするのは、もっと後のステージであるべきです。

難易度の低い国、地域を狙う

最初から苦労をしすぎると、ブレークスルーする前に息絶えてしまいます。実はちょっとした大企業でも、FMCGの製造業などは、「弊社はタイに進出しています。マレーシアに進出しています」といっても実際は、タイならバンコクでしかビジネスを行っていなかったり、マレーシアといっても、シンガポールの延長線上でジョホールバルと首都のクアラルンプールだけといったケースは少なくありません。

首都や大都市圏は人口も多く、1人当たりの GDPも所得も高く、マーケットとして大きいのはわかりますが、一方で競合も多いので、それを加味すると競合の少ない地方都市から攻めたほうがよいのではないかと感じる方もいると思います。しかし、私の約20年の経験の中でお話をすると、所得の少ない人に、値 段と品質が高い日本の商品を売り込むことほど時間と労力のかかることはありません。決して、不可能ではありません。しかし、それをやるのであれば、競合と戦いながら所得の多い都市部の消費者をターゲットとしたほうが圧倒的に事業の立ち上がりが速いのです。これは可能か不可能かの問題ではなく、どちらが速いのかという時間軸の問題と、どちらのほうがかかる労力が少ないのかという投資軸の問題です。

中小企業は、安くて早く済む首都の攻略がお勧めなのです。これらのことを理解したある企業は、今までなんとなく取り組みの対象となっていた国が難易度の高い国であることに気がつき、難易度の低い国をターゲットとし、さらに首都を狙う戦略に変更した途端、今までなかなか進まなかった事業が少しずつ動き出しています。狙う国や都市によってこれほど成果が異なるのかと皆一様に驚きます。重要なのは、何かしらのツテがある国を狙うのではなく、難易度の低い国を狙うことなのです。